2021年12月05日 07:41 弁護士ドットコム
大手外食チェーン「ワタミ」の執行役員が、社内ネットで配信された動画で「残業を増やしてください」「一番の優先順位を営業活動に」などと発言していたことが、文春オンライン(11月16日)と週刊文春(11月25日号)で報じられた。
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過去に過労自殺事件を起こすなどしていることもあり、記事が配信先のヤフートピックスに採用されると、コメント欄やSNSで「ブラック企業」などの批判も多く見られた。しかし、本当にそう言えるだろうか。
文春報道によると、この執行役員は「ワタミの宅食」事業を担当する肱岡彰彦氏。10月末に配信された動画で次のような発言があったという。
「11月の残業が〔……〕増えるということは問題がありませんし、逆に言うと、増やして下さい」
「(編注:残業の上限は)皆さんの健康を考えて45時間というのを目安にしてます。ですから45時間というのを一つの目安として、上長とご相談をしてみて下さい。ただ11月はですね、強化月間ということで、45時間を超えるということがあってもいいというふうに考えてます。どうしても労働基準法に触れるので80時間というのはできませんけれども、45時間超えるということも、会社としては構いませんので」
文春記事では、「上限は原則的に月45時間」だとして、「労働基準法で定められた残業時間の上限を超える労働を求めたと受け取れる発言」と指摘している。一方、「ワタミ宅食事業の今年度の平均残業時間は法令を下回る水準」だというワタミ側のコメントも添えられた。
ワタミの宅食をめぐっては、群馬県にある営業所の女性所長が違法な長時間労働をさせられているなどとして労基署に申告。2020年9月に残業代未払い、2021年3月に36協定の上限75時間(当時)を超える違法残業について、それぞれ是正勧告を受けている。
ワタミが「ブラック企業」のイメージを払拭するため労務改善をアピールしてきたこともあり、事件は話題を呼んだ(ワタミと当該所長とは和解済み)。
その意味で、ワタミが公表した平均残業時間の信憑性や群馬の事例が本当に例外的なのかについて、文春記事のように厳しい視線が注がれるのは仕方がない部分もある。
ただ、今回の記事はワタミに対して、少し「悪意」のある書き方をしている部分もありそうだ。労使協定(36協定)の「特別条項」に言及がないからだ。
労働基準法は、第二次安倍政権時代の「働き方改革」で改正され、文春記事が指摘する通り、残業時間の上限は「原則月45時間」となった。
しかし、これには例外があり、36協定の特別条項を結んでいれば、臨時的な業務に対応するため年間最大6回まで45時間を超えた残業ができる。
原則を守る努力は必要だとして、メディアの報道でも残業上限は▼単月100時間▼複数月平均80時間▼年間720時間――などと特別条項を前提とした表現になっていることが多く、月45時間を超えること自体は珍しいことではない。
ワタミ・ブランド広報室によると、現在同社の36協定では残業上限は月80時間になっているという。紘岡氏が「80時間は労基法に触れる」と話しているのは、この点を指しているとみられる。
一方、社内ルールとしては75時間を設定しており、今年度75時間を超えた社員はいないという。また、宅食事業における1カ月の平均残業時間は法定水準を下回っており、今年4~9月は15.9時間、10月は14.7時間だったとする。
「ワタミの宅食の11月は、おせちの営業などがあり、一年で最も忙しい時期にあたることから、月45時間以上の残業が生じる可能性がある旨を、事前に労働組合に届け出ています」(ワタミ・ブランド広報室)
使用者側で労働問題に取り組む藥師寺正典弁護士は次のように語る。
「実際に会社のレピュテーションにも影響があったようですし、ワタミのこれまでの歴史からすると、誤解を招きかねない不適切な発言だったとは思われます。
一方で、発言内容自体からは、特別条項も含めて36協定の範囲内で働いてくれといった趣旨とも解釈でき、労働基準法の上限時間を超える労働を推奨したとは直ちには評価できないと思われます。
その意味では、文春記事はやや誇張している印象も受けますが、特に役職者はレピュテーションや部下の受け取り方にも配慮して適切な発言を心掛ける必要があるということを再認識させてくれたとも言えるでしょう」
当たり前だが、ポイントは実際に法令を守れているか。「文春砲」のことだから、違法行為がないかに目を光らせているだろうし、今回の報道を受けて、ワタミ側も気を引き締めたのではないだろうか。
【取材協力弁護士】
藥師寺 正典(やくしじ・まさのり)弁護士
中央大学法科大学院修了後、2013年弁護士登録。労働法制委員会(第一東京弁護士会)、日本CSR普及協会、経営法曹会議等に所属。主に、使用者側の人事労務(採用から契約終了までの労務相談全般、団体交渉、問題社員対応、就業規則対応、訴訟対応、労基署対応、労務DD等)、中小企業法務、M&A等の商事案件に対応。
事務所名:弁護士法人第一法律事務所(東京事務所)
事務所URL:http://www.daiichi-law.jp/