『温泉むすめ』が引き続き物議を醸している。これは、株式会社エンバウンドが展開する全国各地(一部国外)の温泉地のキャラを擬人化したメディアミックスのプロジェクト。一部キャラクターに女性蔑視的な設定がされているとSNSで問題視され、広く注目を集めた。
そこに加え、長崎県の平戸温泉をモチーフにしたキャラクターには「別の炎上」が起きた。(取材・文=昼間たかし)
「敬虔なクリスチャン」設定は削除
問題となったキャラ「平戸基恵」の紹介ページには当初、こんな説明があった。
「敬虔なクリスチャンでありながら、楽天家で自信家の大胆なシスターむすめ。」
イラスト、名前、そして説明文を見れば、これはキリスト教徒の多い平戸の地域性をモチーフにしたキャラクターだと理解できる。名前の「基」も「基督(キリスト)」からとっているだろう。
この地域においてキリスト教の歴史は、弾圧された「潜伏キリシタン」の歴史でもある。宗教と弾圧という、地域の非常にセンシティブなところに踏み込んだ話で、かなりの慎重さが求められるテーマなのはわかるだろう。
しかも公式サイトでVOICEというボタンを押すと、次のようなセリフが再生される。「うふふ。実はわたしぃ~ランジェリーを集めるのが趣味なのよね。見たい? 見たいならそこに跪いて懇願するのねっ あははははは」。いったい、平戸のどこから出てきた設定なのか、唐突にこんなことを言われても戸惑うしかない。
異世界もののファンタジー作品ならともかく、舞台は実在の土地。そこには信仰を抱く実在の人々がいる。「地域活性化」を掲げている作品としては、いろいろ無理があるだろう。色々と疑問に思ったり、不快感を表明する人がいたのも不思議ではない。
結局、公式サイトから「経験なクリスチャンでありながら、」という部分は、いつの間にか削除されていた。
現在122人存在するキャラクターのうち、地域の公認を受けているのは17人。想像に難くないが、この「平戸基恵」は非公認である。
この企画のプロデューサーは2019年10月のインタビューで次のように話していた。
「今後のキャラクターの増加ペースは緩やかになると思います。以前は、今年9月でサービスが終了したアプリゲーム『温泉むすめ ゆのはなこれくしょん』に興味を持っていただくために、あくまでもゲームのキャラクターを先行で見せる意味合いで、次々と新キャラクターを公開していたんです。ですが、状況の変化により、ゲームのために新キャラクターを作り出すことを止めまして、そこからは地域の方々と話し合いながらキャラクター作りを行うことが多くなりました。」(2019年10月10日付リアルサウンドより )
同記事では「これまでは弊社で各温泉地の特徴を調べて独自にキャラクターを制作していた」という発言もあった。
「むすめ」たちの中には地元の人たちと一緒に作られ、地元民から支持されているキャラもいるようだが、平戸基恵の公開日は2018年3月30日だから、「次々と新キャラを公開」していた時期なのかもしれない。地域活性を狙うキャラなのに、地元民不在でキャラ作りをしていたのだとしたら、ツッコミが相次いだのは必然だろう。
鄙びすぎていて楽しい観光地・平戸
この『温泉むすめ』をめぐる一連の話題で気になるのは、この話題を熱心にあれこれ語る人々が、どれだけ現地に出かけているかということである。
今回、奇妙な形で話題になった平戸だが、ここは一生に一度は訪れるべき観光地だ。県外から訪れるのは、極めて苦労する。九州観光の中心地である博多から直行するバスは一日に3本だけ。これで所要時間2時間45分かかる。あるいは、佐世保を経由するルートもあるが、佐世保からはバスで1時間30分、松浦鉄道で1時間20分。なお、平戸は九州本土の対岸の島が中心地なのでバス停や駅で降りた後は、さらにバスで乗り換えて向かうことになる。
だが、時間をかけてでも行く価値はある。
筆者はコロナ前の一昨年、佐賀県の伊万里駅から鉄道というのんびりしたルートで向かった。着いたのは、休日の午後2時頃。まずは遅い昼食でも取ろうかと思ったが、店がない。観光案内所で尋ねてみると、申し訳なさそうな顔でこういわれた。
「この時間だとどこも閉まってるんですよ。ここ、田舎なので……」
幸いにもスーパーで買った刺身は美味かったが。
観光案内所の人が自ら「田舎」というだけあって、時間かお金のどちらかを費やさなければ平戸の観光は困難である。なにしろ島は広く路線バスは路線も少なく便数も少ない。潜伏キリシタンの遺跡と景勝地で知られる生月島なんて路線バスは一日に9本。観光協会も不便さを承知しているのか、公式サイトにはこんな一文が。
「平戸市内は交通の便がよくありません。公共交通機関でお越しの場合で平戸中心部(市街観光地)以外をどうしても観光したい時にはレンタカー、観光タクシーのご利用を強くおススメします。」
そんなことで観光客の姿は少なく鄙びた田舎の町の風景が広がっている。ただ、それが抜群に面白いのだ。なにしろ歩いているだけで歴史と文化が感じられる。
平戸発キャラクターの元祖「じゃがたらお春」の銅像がある。フランシスコ・ザビエルの記念碑がある。2011年になって復元された「平戸オランダ商館」もある。どこもあまり混雑していないので、楽しく散策できる。
中でもじっくりと堪能したいのは、「寺院と教会の見える風景」である。その一部をなす「平戸ザビエル記念教会」は、入口のところに筆文字で「大天使ミカエル守護」と書かれているのが、とても味わい深い。この教会の売店は品揃えが豊富なので、平戸随一のお土産スポットといえるだろう。
立派な教会が建つくらいに信仰の歴史の深さもあるのだが、なかなか困難な事情もあるらしい。教会にいた地元の人と話したところ、近年は過疎化によって信徒も減っているという。たいへん趣深い場所だが、観光客が殺到するというレベルではないので、拝観料での収入も見込みにくいそうだ。
そんな過去の繁栄と、今の鄙びた風景が交差する平戸。地元を代表するキャラを創り出すなら、複雑で奥深い、土地の魅力もしっかりと盛り込んでほしい。