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時代の空気を切り取る川勝徳重の漫画道 「個人的な悩みや苦しみを描くことにはあまり興味がない」

2021年12月01日 12:11  リアルサウンド

リアルサウンド

時代の空気を切り取る川勝徳重の漫画道

 いま、目の肥えた漫画ファンたちの間で、話題になっている1冊の作品集がある。タイトルは『アントロポセンの犬泥棒』(リイド社)。作者の名は、川勝徳重。


 「クラシックにしてアヴァンギャルド」と、オビのコピーにもあるように、豊富な漫画の知識に裏打ちされた、そして、夢と現実(うつつ)が交差するその不思議な作品の数々は、一見、懐古趣味でありながら、見事に“いま”という時代の空気感をも切り取っている。


 そこで、今回、作者である川勝徳重氏に、この話題の作品集について、また、これまで描いてきた漫画のテーマなどについて、ざっくばらんに語ってもらった。(島田一志)


漫画よりもクラシック音楽や現代美術が好きだった

――まずは月並みな質問ですが、川勝先生は、子供の頃から漫画家を志していましたか?


川勝:いえ、漫画はそれなりに好きでしたが子供の頃は読む一方で、『ONE PIECE』だったり、『HUNTER×HUNTER』だったり、タイトルだけを覚えて作者名まで気にしたことはありませんでした。


――では、漫画の習作を始めたのは、だいぶ遅かった?


川勝:将来、プロの漫画家になるなどとはまったく考えていませんでしたが、小学校高学年の頃には、遊びでよく漫画を描いていました。当時、クラスで漫画を描くのが流行ってたんです。私が描いていたのは、『デスのび太』っていう『ドラえもん』を劇画調にしたヴァイオレンスな漫画。ムキムキののび太が暴れる話です。


 中学生の頃、私は美術部員でした。その一方、クラシック音楽狂で、一日中(ヴィルヘルム・)フルトヴェングラー(指揮者)のことを考えてるような日々を送ってました。イヤなガキですね。この頃は現代美術も好きで、「レコード芸術」、「クラシック・スナイパー」や「美術手帖」などを読んでたはずです。中学3年生のとき漫画研究会を作ろうとしていた同級生が、私を勧誘しました。美術部員なら漫画も描けるだろう、ということだと思います。そして初めて、つけペンや漫画原稿用紙を買いました。


――中学・高校時代は、どういう漫画作品を読んでいましたか? また、「幻燈」(北冬書房)でのデビューのいきさつなども教えてください。


川勝:大友克洋と松本大洋の作品が好きでした。雑誌でいえば、「アフタヌーン」や「少年マガジン」、「ビッグコミック」などをよく読んでいました。「IKKI」も読みたかったのですが、近所の本屋には売ってなかったので、1、2冊しか買えた記憶がないです。古い漫画を本格的に集め出したのは中学3年ごろからだと思います。古本市で「ガロ」を買い、その後「COM」も買ったんです。当時はかなり安かった。


 大学に入ってからもあいかわらず漫画よりも音楽の方が好きでした。ひょんなことから西野空男さんがやっていた「架空」という雑誌に出会いました。大学の漫画研究会には入らなかったので作品発表する場所がなく、「架空」に原稿を送ったら採用されました。私は「COM」よりも「ガロ」派だったので嬉しかったです。その後、「架空」関係の飲み会があった時に、高野慎三さん(北冬書房主宰)も来られていたので、いろいろお話ししました。ピエール・クロソウスキーの話をした気がします。それで、「お前、変なやつだから、北冬書房に持ち込みに来て」と言われました。それで北冬書房でデビューしたわけです。


 漫画に人生のリソースの大部分を割(さ)こうと思ったのは、西野空男さんと高野慎三さんに出会えたことが大きいです。初めて人と漫画の話ができて、楽しかったんです。


 大学には夏目房之介先生もいらっしゃったので、よくお話ししました。先生から見たら生意気なガキだったと思います。喫茶店などで私の話につきあってくださって、ありがとうございます。


水木しげるが一番エラいですよ!

――先ほど「ガロ」派だったとおっしゃいましたが、具体的な名を挙げれば、川勝先生の作品からは、つげ義春先生や安部慎一先生からの影響を強く感じます。このおふたりの作品の魅力を教えてください。


川勝:おふたりの作品の魅力、というよりも、「ガロ」という雑誌の魅力にやられてたんですよ。昭和的な郷愁があるでしょう? 私は平成生まれですので未知の世界なんです。でも、板橋区出身だったので近所を歩くといまでも昭和の面影は、そこらじゅうに残っています。細野晴臣が「トロピカル三部作」とかやってましたが、私の場合、「ここではないどこか」の対象が異国ではなく、昭和であり、「ガロ」だったんです。もしかしたらそれは昭和というよりも、「戦後」的なものの残り香なのかもしれません。創刊(1964年)から10年間くらいまでの「ガロ」が好きですね。


 つげ義春は、ユーモアがあることと、漫画の演出が非常に意識的で、そういうところに惹かれました。『つげ義春 漫画術』という本がありますが、同書での高野慎三(権藤晋)さんとつげの対談を読むと、漫画の文法への自覚的な意識がよくわかります。ただ個人的には、つげ作品は「ガロ」時代のものよりも、後期の「池袋百点会」や「無能の人」シリーズが好きですね。絵も「ガロ」時代の水木しげるっぽいやつより好みです。


――安部慎一先生についてはいかがですか?


川勝:「天国」という作品が好きです。ちょっと通読しても、前半と後半のつながりがよくわからない不思議な話なんですが、“永遠”を感じます。安部作品はいつも、どうでもいいような看過される日常の短い時間を描いていますが、それが漫画になると“永遠性”を獲得している。


「天国」を描かれたのは24歳くらいの頃だったそうですが、信じられませんね。安部は「情念で描いている作家」のように思われていますが、かなり漫画の構造に意識的なはず。わかりやすいところだとほとんどをコマ写真トレースで描いたり、ラディカルなところがある作家です。そういう点も好きです。『ガロ』作家だと、貸本時代の水木しげるが一番好きです。水木しげるが一番エラいですよ!


――短編「電話・睡眠・音楽」(同タイトルの作品集所収)などを見れば一目瞭然ですが、川勝先生は、バンド・デシネ(以下、BD)にもかなり精通されていますよね。自作への海外の漫画からの影響や、BDの魅力などをお話しください。


川勝:国書刊行会から出た「BDコレクション」の3冊のうち、特に『イビクス』(パスカル・ラバテ)に惚れました。日本の漫画と違って、成熟した大人が描いてる感じがしたんですよね。有名じゃない方のトルストイ(アレクセイ・トルストイ)が原作で、ロシア革命の時代を背景に、アナーキーな男が太々しく生きていく物語なんですが、話がとにかく壮大です。あと、絵が、西洋美術の延長線上にあるようで、私にはとっつきやすかったです。


 「BDコレクション」は、他の2冊(『アランの戦争』、『ひとりぼっち』)もよかったです。その後、2010年代前半に海外漫画の翻訳ラッシュが続きます。でも『イビクス』を超える作品には出会えませんでした。


 フランスに行った時、もちろんBDの専門店にも足を運んだのですが、私が好きな漫画家……たとえば、『イビクス』のパスカル・ラバテや、マヌエル・フィオール、エドモン・ボードワン、ニコラ・ドゥボン、ダヴィッド・プリュドムなどの漫画は隅っこで売ってて、メインで売られてるのは十字軍遠征の兵士の話だったり、第一次世界大戦のドンパチ漫画だったりしたわけです。これにはちょっとガッカリしました。


 「電話・睡眠・音楽」は、マヌエル・フィオールの『インタビュー』と『イビクス』の絵の劣化コピーです。私がBDに求めているのは、西洋美術・文学……つまり西洋文明の面影なのかもしれません。せっかく外国の漫画を読むならば、“絵のいい漫画”を読みたいです。自分の絵は棚にあげて言ってますが……。


夢・現実・変身・分身

――これまで川勝先生が発表された作品群の中では、個人的には「龍神抄」(『電話・睡眠・音楽』所収)がベストだと思っていますが、同作にかぎらず、現実と幻想(夢)の境界が曖昧な物語が、川勝作品のひとつの“型”としてあると思います。切り口は違いますが、「野豚物語」(『アントロポセンの犬泥棒』所収)などもそうですよね。こうした、ある種、シュルレアリスム的な感覚(夢と現実がごっちゃになるような感覚)は、もともとお持ちでしたか?  たとえば、「美しいひと」(『アントロポセンの犬泥棒』所収)の中でも、「空想は無限に広がっていく」というようなモノローグが出てきます。


川勝:中学生の頃、寺山修司の「どんな鳥だって、想像力より高く飛ぶことはできないだろう」という言葉が好きだったので、その影響は少なからずあるかもしれません。あと、シュルレアリスムも好きだったので、「無意識」の問題にはずっと関心があったっぽいです。


 「あったっぽい」というのは、高校生になり、「澁澤龍彦とかを読むのは幼い趣味なのでは?」と不安になり、隠蔽したからなんですが、最近になって、ようやくシュルレアリスムもやっぱりいいじゃないか、とあらためて思えるようになりました。画面の中央か、3分の1ぐらいのところに水平線があって、なんか変な物体が綺麗なグラデーションの陰影を駆使して描かれていて……みたいな通俗的な幻想絵画をシュルレアリスムと呼ぶ風潮こそがまずいのであって、別にその理念自体は問題なかろう、という考えにいまはなっています。


――シュルレアリスムの「夢」的な表現とは別に、「変身」というのも、川勝作品の重要なテーマのひとつですよね。余談ですが、手塚治虫先生も、自分の漫画は変身の要素が大きいと、『メタモルフォーゼ』のあとがきで書かれていますし、五十嵐大介先生にも同様の発言があります。


川勝:メタモルフォーゼ、ずっと関心がありますね。なんででしょう。小学校が仏教系の学校で、その頃よく聞かされていた説話に、「変身」の話が結構あったからかもしれません。


 手塚治虫で言えば、『ブッダ』の最初の方に、シッダールタがいろいろな動物に乗り移るシーンがありました。幼い頃、あのシーンを読んで結構楽しく、自分でも空想した記憶があります。鳥になったらどうなるだろう、亀になったらどうなるだろうと。手塚漫画の変身には、ある物体なり生物が内側から運動して変化してゆく生命力とエロティシズムを感じます。五十嵐大介先生の漫画もよく読みました。『魔女』とか『そらトびタマシイ』なんか好きでした。


 あと、(変身は)描いてて単純に楽しいんですよ。やっぱり化け物が好きなんですね。基本的にデーモンな、悪夢的なものには惹かれます。


――「夢」や「変身」といった超現実の世界とは逆に、「現実」の部分で言えば、川勝先生ご本人(のような漫画家)が出てくる作品もありますよね。こうしたメタフィクション的な演出も好まれる理由を教えてください。


川勝:“私漫画”的な「ガロ」の文法で漫画の描き方を覚えたので、そのやり方を使いながら、物語にダイナミズムが欲しかったんです。あと、“ハッタリ感”が増すのと、「漫画が作者によって描かれたものである」という自己言及性が担保されるからです。ただ、作者本人の個人的な悩みや苦しみを描くことにはあまり興味ないです。


「アントロポセン」という言葉は悪い意味で使っています

――さて、9月に出た新刊『アントロポセンの犬泥棒』がいま、漫画ファンのあいだでかなり話題を集めていますが、同書には「犬泥棒」というなんともかわいい(と言い切っていいかわかりませんが……)作品が収録されていますよね。その「犬泥棒」というワードをそのまま本の表題にせず、「アントロポセン」(人新世)という言葉をつけ加えた意図を教えてください。


川勝:菅野修に『犬泥棒の夜』って単行本があるんですよ。それと、箕芳・亜蘭トーチカによる同人誌「犬泥棒」(2冊出てます)もありますので、タイトルが被らないようにしました。また、以前、林静一先生に「題名か著者名は『あ』から始めなきゃだめだよ」と言われたのを思い出したり、これまでの単行本は全部タイトルが漢字で、それがなんとなくイヤだったり……そうしたモロモロを考慮したうえで、『アントロポセンの犬泥棒』というタイトルになりました。


 「アントロポセン」は悪い意味で使ってます。学者のダナ・ハラウェイ(生物学・科学史ほか)が、「人新世よりも資本新世、または植民新世という言葉の方が私の好みにあう」というような発言をしていますが、私もそれに賛成です。私が「アニマル・スタディーズ」に関心を持ったのも、戦前児童漫画における動物表象と植民地の問題がきっかけでした。ただ、用語が一般的じゃなさすぎるので「アントロポセン」にしました。


――「アントロポセン」も、それほど一般的ではないと思いますが(笑)。


川勝:いやぁ~、「人新世の資本論」くらい売れたらいいですね(泣)。


――ただ、書店の新刊棚などでパッと目にした時に、意味はわからなくても「なんだろう?」と思わせられる不思議な語感を持った言葉なので、とてもいいタイトルだと思います。それと、目を引くという意味では、装幀もかなり凝っていますね。この、やや小さいサイズで、タイトルのロゴや作者名はシールでカバーに貼る、また、本文のインクを通常の黒(スミ)ではなく、あずき色で刷るという、(漫画の単行本としては)珍しいブックデザインにした意図を教えてください。


川勝:まずサイズについてですが、収録されているのは、スマートフォンでも読みやすいように、縦3段のコマ割りを基準にして描いた漫画がほとんどです。だから別に大きいサイズの本じゃなくてもいいと考えたんです。また、以前、出た本はどちらかといえば文芸書っぽいデザインだったので、今回は、ちょっとおシャレで小ぶりな、「物体としてかわいい本」になればいいなと思いました。


 中のページの刷り色については、当初、デザイナーの森敬太さんからは違う色を提案されていたのですが、紙の色とベタのコントラストがハッキリしなかったので、思い切ってあずき色に変えてもらいました。シールは森さんのアイデアです。ハードカバーの写真集とかで、よく使われている手法だそうですね。


――ちなみに本書には7編の作品が収録されていますが、特に川勝先生が気に入っている作品はどれですか?


川勝:「野豚物語」です。最後のページも気に入っています。今までの漫画とちょっと違う感じがして、描いていて不安でしたが結構ウケたのでよかったです。


 それと「美しい人」に出てくる虫の入ってるカレー屋さん。わかる人はわかると思いますけど、あそこは美味しいので!  ぜひ通ってください。それ以外の収録作も、あまり深く考えずに気楽に読んでいただけたらと思います。漫画なんで。


――今後も、基本的には短編作家であり続けようと思っていますか?


川勝:『河童の三平』や『14歳』、『カムイ伝』のような「強い長編漫画」を描いて死にたいです!


――それでは最後に、ファンの方たちにひと言お願いします。


川勝:意外と私の漫画は読みやすいので、ぜひ『アントロポセンの犬泥棒』をよろしくお願い申し上げます! おもしろかったらAmazonレビューもよろしくお願い申し上げます!



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