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エスカレーターの片側あけ「欧米のマネ」で広まった謎マナーはいつまで続くのか?

2021年11月28日 06:10  キャリコネニュース

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都営新宿駅のエスカレーターで、「片側を開けないで」とプラカードを持った警備員が盛んに呼びかけていた。右側に寄って立つか、左側かという地域差がちょくちょく話題になるが、いまはあちこちで「片側を空けずに2列で乗って」と呼びかけられている。

そもそも「東京は右空け、大阪は左空け」といった、エスカレーターのマナーはどうして生まれたのか。よく言及されるのが、阪急の梅田駅から始まったとされる説だ。(取材・文:昼間たかし)

「欧米では常識」で広がった謎マナー

片側空けが始まったのは、阪急の梅田駅(現在は大阪梅田駅)とされる。1967年から約30年間、「お歩きになる方のために左側をお空けください」とのアナウンスを流しており、京阪電鉄など他の鉄道会社にも広がったという。

その後、利用者の安全性の確保などの観点から各社とも片側空け推奨はやめ、アナウンスを「手すりを持って」「立ち止まってご利用を」などに変えた。(『読売新聞』2019年10月17日付大阪夕刊)

ただこの習慣が全国的なものになったのは1980年代に入り「欧米では常識である」と語られるようになってからだ。

もともと、片側を空ける習慣は第2次世界大戦中にイギリスのロンドン地下鉄で呼びかけられたことが最初だといわれている。これがどういうことか、1980年代に日本で広く取り入れられるようになった。

過去の資料を調べてみると『週刊文春』1981年6月25日号では、このマナーを取り上げて「せっかちなくせに公共の場ではまごつく日本人。取り入れたい習慣といえる」と主張している。また、この時期に話題になったマンガ家・サトウサンペイのマナー本『ドタンバのマナー』(新潮社 1982年)でも片側を空けることが欧米では常識としている。

こうして「欧米かぶれ」な形で片側空けは定着していった。1989年に日本航空文化事業センターが刊行した『JALスチュワーデスのトラベルマナー&アドバイス』では「エスカレーターの左側は追い越し車線」とまで書いている。世界の事情をよく知る「JALのスチュワーデス」がそういってるなら……と説得力があったということか。

この風潮には、一時はエスカレーターを製造する企業のほうも乗っかっていた。現在は、この話題が報道されるたびに、エスカレーターを歩くことの危険性をコメントする昇降機メーカーでつくる「日本エレベーター協会」も、1980年代には「日本エレベータ協会が昨年、ヨーロッパの実態を調査したところ、英、西独、伊の三国では「右側に立て」などの表示があり、積極的にエスカレーターの左右分離を進めている(『読売新聞』1989年9月2日付朝刊)」として、片側を空けることの先進性に魅了されていたようだ。

欧米かぶれに加えて片側空けが普及したのは「そっちのほうが急いでいる人には便利」という意識が強かったからである。ただ、人がぶつかったりする危険性は否めない。そのため鉄道会社各社でも積極的に片側を空けるように呼びかける社はさほど多くはなかった。

「呼びかけ」はあるが……

そして2000年代に入ると、一転してエスカレーターで片側を空けることの危険性が指摘されるようになった。2004年7月には名古屋市交通局が「歩いたり、走ったりしないで下さい」「2列で立ち止まってご利用下さい」の呼びかけを始めている(『朝日新聞』2005年1月27日付名古屋夕刊)。

今年10月、埼玉県で「エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例」が施行され、エスカレーターや動く歩道では歩かないよう努力義務が課されるようになった。都内でも駅構内などではエスカレーターは歩かず、片側を空けずに二列で使用する呼びかけが強化されているようだ。

ただ、いったん定着した習慣は容易には覆られない。現在も、いくら呼びかけをしても、なお片側があいている。

むしろ混雑していても、片側を開けるためだけに謎の行列・渋滞が起きたりしている。片側を歩く人がいないとすれば、エスカレーターの輸送能力を半分にしているようなものだ。危ないだけではなく、効率も悪いのだ。

冒頭の都営新宿駅では、多くの警備員が配置されていることもあってか、おおむね歩く人はいなかった。しかし、そこまで呼びかけをしても、守っているのはそこだけ。警備員の配置がないエスカレーターでは従来通り右側が空いていた。しばらく見ていたが、駆け下りたり駆け上がったりする人も絶えないようだ。

こういう状況で、キレイにあけられている側に立つのは「本当に立ち止まっていてよいのか」「邪魔な空気を読めない人扱いされたくない」と不安になる。後ろが空いているとぶつかられたり、文句を言われるのではないかという恐怖もある。それで、申し訳のように一段、二段と少しずつ前に進んだりする。

逆に約束に遅刻しそうだったりすると、ちょっとでも早く移動したくなる気持ちもわかる。もちろん、そういうときこそ危ないという話なのだが……。それにしても、何十年かかかって定着した「マナー」は根強い。これが解消するには、まだかなりの時間がかかるのではないか。