2021年11月27日 10:01 弁護士ドットコム
日本一の歓楽街とされる東京・歌舞伎町。その一角に、売春目的で立ち続けている19歳の女性がいる。母親による虐待から逃れようと上京したものの、身分証を失くして行き着いた。所持金はなく、引いた客から暴行を受けるなど危険な目にもあっている。それでも、彼女は「今はここしかない」と話す。(ジャーナリスト・富岡悠希)
【関連記事:「歩行者は右側通行でしょ」老婆が激怒、そんな法律あった? 「路上のルール」を確認してみた】
「所持金ゼロのその日暮らしです。毎日、ひとまずは5千円を稼ぐことが目標。泊っているネカフェ(ネットカフェ)が24時間で4500円。その分とご飯代はほしい」
新宿駅東口を出て、徒歩で北上すること約10分。飲食店やクラブなどが掲げるきらびやかなネオン街を通り過ぎて行く。その先にある大久保公園に今年8月からいる美幸さん(仮名)は現状をこう語った。路上で客引きをして売春で対価を得る「街娼」をしている。
やってくるのは午後6時台。午後11時ぐらいまでが多いが、稼ぎ次第ではさらに滞在する。美幸さんのような街娼に話しかけてくる男性たちは、通常1万5千円程度の金額を提示する。どうしてもその日その日に稼ぐ必要がある美幸さんは、大幅に安い金額でも客をとる。
スマートフォンをいじりつつ、時折、場所を変えながらじっと待つ。服装は上下共に黒で、フードはずっと被ったまま。白いマスクの上にある目元は、ぱっちりだ。年齢を聞くまでもなく、若いことがわかる。
11月中旬のこの日は、ネカフェに荷物を置き、まったくの手ぶらで午後6時半ごろにやってきた。
午後8時前、NPO法人「レスキュー・ハブ」代表の坂本新さん(50)に声をかけられた。坂本さんは歌舞伎町での「夜回り」で接点を作り、美幸さんのような女性たちを支援している。
坂本さんは10月から週末の夜間限定で、この公園に面した「日本駆け込み寺」のスペースを使わせてもらっている。女性たちの話を落ち着いて聞くためだ。そこには坂本さんが購入したり、支援者から届いたりしたちょっとしたグッズを並べている。
坂本さんに温かい飲み物や水をもらったあと、美幸さんはいくつかのグッズを手にした。
「コンドームもあったほうがいいよね。あとは、このボディシートとか消毒液もいいな」
ひとしきり休憩すると、これらを入れた紙袋を手に路上に戻っていった。
美幸さんは中部地方の出身。高校卒業後に上京した。
主な理由は、母親からの虐待とネグレクトだ。5歳ごろから、こぶしやモノで殴られた。
当然、体に傷やあざができる。10回以上、警察官が家に来たが、母親は「美幸が自分で作った傷とあざ」と主張した。たしかに美幸さんは、自傷行為をしていたが、明らかに母親から負わされたものもあった。
警察は踏み込んだ対応をしなかった。途中まで児童養護施設への入所の話が進んだこともあったが、結局は流れてしまった。
美幸さんは高校生になると、母親の勤め先でもある介護施設でアルバイトを始めた。ところが「私が稼いだお金も全部、母に使われてしまいました」。
昨年10月、姉が家を離れると母親からの虐待がエスカレートする。
「包丁で切り付けられ、熱湯をかけられるようになりました。限界だったので、今年7月の終わりに家を出ました」
多少なりとも知り合いがいたし、人も多いからどうにかなるだろうと考え、東京に来た。
当初はコンビニやガールズバーで働こうと面接を受けた。ところが、友だちとホテルに泊ったとき、その友だちに保険証と高校の学生証が入った財布を盗られた。気付いて、友だちに連絡をとろうとしたが、音信不通になった。
身分証がなくなり、せっかく受けた面接も不合格になった。
「お金も全部なくなったので、すぐに稼がないといけなくなりました。8月上旬から、ここに立つようになりました」
売春は違法行為だ。警察に摘発されるリスクがある。また、風俗店ならば店側のスタッフが、客の身勝手な行為をあらかじめけん制するし、料金の未払いも許さない。
美幸さんがおこなっている直引き売春では、いろいろなトラブルが自分に降りかかってくる。
始めて間もないころだった。その日は午前1時ごろまで粘っていた。歌舞伎町でも人通りが減る時間になるし、当時はコロナ禍による緊急事態宣言が出ていた。
「ごつい外国人Aがやってきて、無理やりホテルに連れていかれました。痛い思いをしたし、彼はコンドームをつけてくれなかった」
美幸さんは、かなり小柄だ。大柄な男性に腕を引かれるようなことをされたら、抵抗は難しい。
さらに11月上旬、別の外国人Bに性病をうつされた。ネカフェ代が惜しいことから、美幸さんは朝まで客とホテルで過ごすこともある。
白髪で初老の外国人Bの場合も、そうだった。しかも、彼もコンドームを付けずに5回もの行為に及んだ。
その結果、クラミジアと淋病を体の二か所に同時に患うことになった。ほかの客との接し方から考えても、この外国人に間違いないと考えている。
「しかも、Bは全部終わってからお金がないと言い始めて。結局、クオカード千円分で済まされました」
取材した11月中旬の午後9時過ぎ、偶然にこの外国人Bが大久保公園にやってきた。若い日本人男性を伴っていた。
「今度は僕ら2人と遊ぼうよ」と声をかけてくる。前回で懲りた美幸さんは、もちろん断った。別の客を引こうと場所を移したのだが、彼らはしつこく追いかけてきた。
こうしたトラブルが多い歌舞伎町の路上を離れるつもりはないのだろうか。筆者の質問に対して、美幸さんは答えた。
「家にいて、母親に虐待されるよりもずっとまし。たしかに危ない目にもあうけど、自由だから。友だちもできたし、今はここしかないよ」
街娼たちの支援にあたっている坂本さんは、美幸さんのことをどう見ているのか。
「彼女はまだ若いこともあり、ギリギリのところでどうにかなってしまう。本人の意に反して公的支援などにつないでも、また路上に戻ってきてしまうでしょう。まずは美幸さんが私に何でも話してくれるような間柄になる。その関係を維持しつつ、彼女が自らの意思でここを抜け出したくなったときに全力で支援したい」
「売春は違法だし、やっていることを褒めるつもりもありません。ですが、『やめろ』と言ったところで明日からの生活はどうするのか、という問いには容易に答えられない。夜回りを通して、困難を抱える女性とつながり、それぞれに必要とされる支援を提供していくつもりです」