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『最愛』しおりの瞳が潤んだ理由 間に合わなかった「逃げても何も変わらない」の救い

2021年11月27日 06:51  リアルサウンド

リアルサウンド

『最愛』(c)TBS

 わかっていた。梨央(吉高由里子)と優(高橋文哉)の姉弟が、仲睦まじく暮らし始めたことは、きっと“嵐の前の静けさ“なのだと。刑事でありながら事件の重要参考人である2人に同情しすぎた大輝(松下洸平)は、所轄の生活安全課へ異動することになってしまったが、そんな処分でさえ3人で食卓を囲み、思い出の味である牛丼を頬張る上で必要なことだと思えた光景だった。


【写真】15年前にも出会っていた梨央(吉高由里子)としおり(田中みな実)


 もし悪夢のような事件がなかったとしたらこんな世界が続いていたのではないかと想像させるくらい、その時間は暖かく穏やかで微笑ましいものだった。“この幸せな時間がずっと続いてほしい”そう願うほど、このあとにとてつもない嵐が起こるのではないか……と身構えざるを得ない。そうして覚悟していたにもかかわらず、やはりラストは声を出さずにいられない衝撃が待っていた。


 金曜ドラマ『最愛』(TBS系)第7話。フリーライターの橘しおり(田中みな実)の遺体が発見された。15年前、渡辺康介(朝井大智)に性的暴行を受け、被害者として唯一告訴していたしおり。ミステリアスな彼女の“最愛”は、もしかしたら康介にすべてを壊される前の自分自身だったのかもしれない。あのころの自分を守るかのように、“罪を犯した人間がしかるべき報いを受ける世界”を、執拗に追い求めたのではないだろうか。


 告訴しても、康介の父親・昭(酒向芳)ただ1人からさえも謝罪されることはなかった。そう梨央に語ったしおりの瞳をうるませたのは、何の涙だったのだろう。強者ばかりが甘い汁を吸い続ける不公平で理不尽な世界を憂いたのだろうか。おとなしい弱者でいては、誰も自分のことを守ってくれない。ならば罪を暴く側に回ろうと、したたかなフリーライターとして歩んできた自分の人生を嘆いたのだろうか。それとも、ようやく誰かが自分の言葉に耳を傾けてくれたという安堵に近いものだったのだろうか。


 15年前、あの合宿所では、誰が康介に狙われてもおかしくなかった。実際には梨央も被害を受けた1人ではあるものの、しおりはその真相までたどり着いてはいなかったのだろう。みじめな生活を強いられることになったしおりにとっては、真田グループの若手社長として輝かしい日々を送る梨央に、不平等さを感じてしまったとしても仕方のないことだった。
それだけ華々しくセレブの階段を駆け上がったということは、それなりの甘い汁を吸っているはず。あのときあの場所に同じように無垢な少女でいた2人に、これほどの差がつくには何か理由があるはず、と。そうでなければ、あのころのしおりを納得させられないと思ったのかもしれない。


 だが、その強い執念は真田グループを“最愛”とする専務の後藤(及川光博)との衝突を招くことになる。嗅ぎ回るしおりと、金をばら撒き口止めを図る後藤。お互いに守りたいものが相反するしおりと後藤の行き着く先は、どちらかが最愛のものを手放すまで追い詰め合うデスマッチだ。では、しおりをビルの上から突き落としたのは後藤なのだろうか。


 振り返ってみれば、後藤がしおりをどうにかするチャンスなど今までいくつもあった。ペーパーカンパニーを突き止めたしおりを拉致したときには、人知れず消すことも十分可能だったはず。もともと梨央を社長の座から引きずり下ろしたいという思いも、情報屋を用いて間接的に実現しようとしていた後藤のことだ。いくら追い詰められていたからといってこんなにも直接的に手を下すことがあるのだろうか……と勘ぐってしまう。


 とはいえ、しおりの死を前に後藤が姿をくらませたのは十分怪しい行動だ。加瀬(井浦新)からの電話を無言で切り、大きなスーツケースを転がしながら歩いていた薄汚れたアパートのような建物は一体どこなのだろうか。真田グループ・専務という肩書きを持った後藤が、あの建物に暮らしていたとは思えない。


 これから行方をくらまそうという大荷物を手にしたまま、他の建物にわざわざ立ち寄るというのもおかしな行動だ。では、あの建物から持ち出したものということだろうか? だとしたら、あのスーツケースの中には一体何が入っているのか……。


 昭が池を這い上がり隣の池で死んでいた謎も解決しないまま、さらなる謎が積み重なった。ただ、ひとつわかってきたのは最も追い詰められたときに、人は誰かに守られていると知ることで救われるということ。あの最悪な日に、梨央が父と優に守られたように。15年間、優が梨央に守られたように。そして梨央と優が罪と向き合えるように加瀬と大輝に守られたように。誰かに守られたという記憶が、その後の人生をどう生きるかに大きく影響するのではないだろうか。


 しおりにも、もしそういう人が1人でもそばにいてくれてたなら、こんなにも報われない死を迎えることはなかったのではないかと胸が痛む。そして、願わくば窮地に立たされているであろう後藤にも、「逃げても何も変わらない」と言って一緒に痛みを分かち合ってくれる人が現れんことを。


(佐藤結衣)