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文芸書ランキングに並んだ“救済”の物語 明日を生きていく力としての小説

2021年11月25日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

文芸書ランキングに並んだ“救済”の物語

■週間ベストセラー【単行本 文芸書ランキング】(11月9日トーハン調べ)
1位 『九十八歳。戦いやまず日は暮れず』 佐藤愛子 小学館
2位 『むき出し』 兼近大樹 文藝春秋
3位 『むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。』 青柳碧人 双葉社
4位 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2』 ブレイディみかこ 新潮社
5位 『ふつつかな悪女ではございますが3 ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』 中村颯希 一迅社
6位 『星を掬う』 町田そのこ 中央公論新社
7位 『さよならも言えないうちに』 川口俊和 サンマーク出版
8位 『闇祓』 辻村深月 KADOKAWA
9位 『透明な螺旋』 東野圭吾 文藝春秋
10位 『夜が明ける』 西加奈子 新潮社


(参考:【画像】EXIT 兼近大樹、初めて見せる肉体美


 11月の週間ランキング、EXIT・兼近大樹の初小説となる『むき出し』が初登場、2位にランクイン。若い人気芸人・石山のもとを、週刊文春が突撃するところから始まるのだが、複雑な家庭環境で育ち、人を殴り、殴られる生活を送りながら、やがて売春防止法違反でつかまるという流れも含めて、どこか著者を彷彿とさせると話題を呼んでいる。だが人気の理由は、そのセンセーショナルな内容だけではないだろう。


 看守から差し入れられた本を一生懸命に読む石山が、こんなことを思う場面がある。


〈書いている意味を理解出来た時、誰かと繋がっている気がした。この文を読んでいる人が世界のどこかにいて、それぞれ何か考えている。それぞれの受け取り方をしている。生きてきた世界は全く違うのに、対面したら仲良く話せないのに、文字を読んでいる瞬間だけは同じ階を踏みしめてる気がして、一人じゃないんだと孤独感を消してくれた。〉


 読書を通じて石山は、世界を、自分を、心を知っていく。正義を盾に暴力で他者を支配してきたこと。自分の境遇を過剰にかわいそうなものとすることで、自分の正当化し続けてきたこと。すべてを真正面から受け止めて〈沢山の人を笑わせて、日々辛いことの出口になれる存在になりたい〉と芸人になる夢を抱く過程には、ぐっとくるものがある。〈売れたら本を書いたりなんかして、誰かが檻の中で俺の本を読んでくれたりしてさ、一人じゃないよって、一緒だぜって、同じ階層に連れ出す階段になれたらいいよなぁ。〉という言葉にも。


 石山の人生を変えた本の著者であり、兼近にとっても憧れの存在である又吉直樹からは〈優しい眼差しが 純粋な言葉が 誠実な覚悟が 重要な小説を生んだ。〉とコメントが寄せられている。犯してしまった罪はどうしても消えないけれど、それでも二度と過ちをおかさないために、過去の自分と同じように孤独に苦しんでいる誰かに手を差し伸べるために、まさしくむき出しの覚悟で挑んだ本作に、救われる人はきっと大勢いるだろう。


 6位の町田そのこ『星を掬う』もまた、救済の物語。主人公の千鶴は、夫の暴力から離婚によって逃れたはずなのに、いつまでもどこまでも追いかけてくる元夫から、なけなしの金も奪われてしまう。生きるため、コンテストの賞金狙いで、母との思い出をラジオに投稿したのをきっかけに、幼いころに自分を捨てた母・聖子と再会するのだけれど、彼女は悪びれるどころか千鶴を突き放すような姿勢をみせるうえ、若年性認知症も発症している。母の営むシェアハウスに移り住んで身を隠すことにした千鶴は、さらに、自分以上に実の娘のようにかわいがられている恵真という美しい女性の存在を見せつけられる……。


 はっきり言って、不幸だしかわいそうな身の上である。夫からの暴力はもちろん、飢えて勤め先のパン工場で無意識に菓子パンをむさぼる描写も、壮絶だ。せめて自分を捨てた母には謝ってほしい、償ってほしい、と思うのも当然だ。けれど人は、誰しも、自分に都合よくは動かない。満たされない心を抱えて苛立ちを募らせる千鶴は、自分を過剰にかわいそうな存在にしたてあげても何も変わらないこと、むしろそうし続けることで自分も誰かを傷つける加害者側にまわってしまうことに気づいたときから、少しずつ変わっていく。


 どんなに理不尽でも、「どうして私がこんな目に」と絶望する日が続いても、自分の人生は自分で背負って前に踏み出さなければならないのだということを、本作は教えてくれる。


 なお、西加奈子の5年ぶりの長編である10位『夜が明ける』もまた、貧困や虐待、過重労働といった現代社会の問題点を通じて、希望を見出していく物語。気軽に手を出すには重たい作品ばかりだけれど、読めばきっと、明日を生きていく力になってくれるはずだ。


 とはいえ、やっぱり、多少はスカッとしたい。という人におすすめなのは、8位の辻村深月『闇祓』。モラハラやセクハラというにはやや薄い、けれど確実になんらかのハラスメントではある行為を「闇ハラスメント」と名づけ、闇ハラによって他者を支配し、コミュニティに侵食し、やがて崩壊させていく不気味な人々について描いていく本作は、著者にとって初の長編ホラー。もちろん読み味は薄気味悪いし、巧妙に人を貶めていく悪意にぞわぞわさせられる。読み終えたあとは、自分のまわりにも“彼ら”がいるのではないかと、疑心暗鬼にもなってしまう。それでも、サイキックアクションのテイストもある本作は、純然たるおもしろさを提供してくれるエンターテインメント。あわせて、ぜひ。


(文=立花もも)