2021年11月25日 10:11 弁護士ドットコム
JR東日本の子会社「JR東日本スタートアップ」が11月10日から、ファンコミュニティ「Mechu」(運営・ミーチュー)を利用した「撮り鉄コミュニティ」を始めた。
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線路内への侵入や、マナーのわるい行為が目立ち、これまで悪し様に言われてきた「撮り鉄」について、JR東は掘り起こせていない重要なマーケットになりえると認識している。
コミュニティの目的は、アイドルとファンとの関係と同じように、「推し」を「推せる場」を作りあげていくことだという。
そしてそれは鉄道事業者の一方通行ではなく、ファンとのやりとりから実現させる必要があった。(編集部・塚田賢慎)
撮り鉄コミュニティは、いくつかのテーマが設定されたルームのなかで、会員間で発言しあうことができるものだ。
無料会員でも発言できるが、有料会員(月額1100円)になると、より多くの「ルーム」への参加が可能となるほか、限定の企画・イベントに参加できる権利などが得られるような特典も検討している。
プレスリリースには、炎上覚悟でこのような言葉を使った。
「現在、撮り鉄という言葉を聞くと、一般的にはあまり良くないイメージを持たれてしまうかもしれません。」
ネットでも様々な反響がみられている。特に目立つのは、これまで野放図に暴れまわっていた悪質な撮り鉄を管理下におき、マネタイズにつなげるうまい仕組みをつくったとする感想だ。その反面、コミュニティに入らない悪質な撮り鉄は先鋭化・過激化するのではないかとの指摘もある。
コミュニティを立ち上げたのは、JR東日本スタートアップの山本裕典さんだ。
山本さんは「世間的にはポジティブな反応をいただいていると感じています。会員数も1カ月で100人がせいぜいと想定していましたが、開始1週間をまたずして、500人を超えました」と喜ぶ。
撮り鉄コミュニティに期待することは「ニーズの掘り起こし」と「自浄作用」だという。
弁護士ドットコムニュースでも、線路内への侵入など、撮り鉄が起こしたトラブルに着目した記事を何度か配信してきた。
JR東側は、撮り鉄をどのような対象として捉えているのだろうか。
「鉄道会社と対立関係にあると思われがちです。しかし、よいかたも当然いらっしゃいます。撮り鉄のネガティブなイメージを逆手にとり、ポジティブな方向に変えようとしてコミュニティーを作りました」(山本さん)
JR東日本の事業創造本部に所属する飛鳥井啓さんは、運転士や駅員などの現場も経験したのちに、JREモール(直営のECサイト)や商品企画を担当している。
「撮り鉄が注目する臨時列車などを把握しているので、駅や沿線警備の増強の対応に迫られているのが現状です」
撮り鉄による混乱を警戒して、人的なリソースを割かれていることは間違いない。
だが、これまでに企画した車両の有料撮影会などへの参加者は常識的な人たちばかりだったという。
「コロナ禍で三密を避けるため、ECサイトを通じた少人数の有料撮影会を実施しました。参加する撮り鉄はフレンドリーにコミュニケーションできるかたばかりです。じっくり撮影したうえで、高額でも満足してお帰りいただいています。売り上げ的にも無視できないイベントに成長しつつあります。
それより前には、多くの鉄道ファンを相手にした安価なイベントも実施しましたが、炎天下で長時間待たされたり、お目当ての車両が来ても撮りづらかったりなど、満足できないものだったかもしれません。
もちろん、イベント参加者には、ECサイト経由で個人情報を登録してもらっていますから、変なことはしないという側面もあるでしょう。
お金を払わない人を相手にしないというわけではなく、ファンには思い入れのある車両がありますので、個々のニーズにあわせて、サービスを提供していく基盤をつくることが重要です」
撮り鉄たちが撮りたい車両やテーマへのこだわりは、それぞれ全く異なるという。
「光線の具合や、表示する行き先など、非常に細かいところで満足度が左右されることもわかりました。社内にも撮り鉄はおりますが、社内だけで議論していても難しいという背景がありました」
コミュニティはすでに会員がさかんに要望を出している。会員同士、会員と運営(JR東社員のアカウント)との交流も活発で、非常に細かい提案をする会員も少なくない。
「昼間だけでなく、照明をあてられた夜の機関車を撮りたいという意見などもいただいている。メンテナンスで使う車両など、JRの社員から見ると当たり前の風景を撮りたいという意見もあります。そのニーズを掘り起して、イベントにつなげたいと考えています」
飛鳥井さんは「撮り鉄市場」は魅力的だと断言する。
「鉄道は安定的なコンテンツとしてテレビなどのメディアで定期的に扱われていますが、アイドル市場にも負けないはずです。しかし、従来の鉄道ファンマーケットでもっとも大きいのは模型や収集鉄です。それ以外の撮り鉄の購買を捕捉できていないのが実情です」
アイドルの熱狂的なファンであれば、「推し」への課金を惜しまない。イベントやグッズなど、いくらでも、お金を注ぎこめる課金先があるからだ。
撮り鉄にもそれぞれ車両などの「推し」がある。ところが、課金したいのに、その課金先がない。
JR東側も過去にはファンの会員組織を2001年から2008年まで運営して、会員向けに限定デザインのVIEWカードの発行や、会報誌を発行していたという。
「最終的には会員数2500人程度だったので、そこまでのびなかったようです。分析を必要としますが、双方向でなく、JR側が一方的に用意したコンテンツを提供していたことがひとつの原因であるように思います。
乗り鉄、音鉄、撮り鉄など細分化されているのに、鉄道ファンという1カテゴリにまとめたことも原因でしょう。
撮り鉄コミュニティは、撮り鉄の健全な『推し活』を促すことが理想かなと思っています」
コミュニティによって撮り鉄のニーズを掘り起こし、イベントを創出する。その先に、撮り鉄の「自浄作用」が生まれることも期待されている。
「撮り鉄に限らず、どんなジャンルのファンにも、良い人もいれば、悪い人もいるでしょう。ただ、撮り鉄にはこれまでコミュニティ内で自浄作用が働きにくく、正直者が損をしてしまうようなこともありました。
つまり、ルールを犯したほうがよい写真を撮れるという現実があります。
正当な方法で欲求を満足させられる仕組みの存在が重要です。我々はこれまで、ルールを破ってしまう人たちに、双方向の良いアプローチができていなかったと思います。
ファンコミュニティで作られる自治ルールに、会社としてどこまで踏み込むべきかバランスが必要ですが、自浄作用が生まれることに期待しています」
さらに、駅員や運転士など鉄道現場の声を代弁する。
「今年も中央線への撮り鉄の侵入など出来事があって、列車が遅れたこともありました。事故が起きれば、当然、責任を問われるのは我々のほうです。乗務員も神経質になっています。
『何か起きたときの責任』を念頭に業務にあたらざるをえません。
ホームにたくさんの撮り鉄が集まってしまうこともよくあり、危ないです。だからこそ、ホームで待たなくても、お金を払えばじっくりと撮影に集中できるという方向のイベントが生まれることを願っています」
撮り鉄コミュニティの始動には、新型コロナの影響が大きく関わっている。人の移動が制限され、在宅勤務が普及するにあたって、鉄道事業各社の経営は大きな打撃をうけた。
コロナがなければ、今回のコミュニティは企画すらされなかったかもしれない。
「コロナ前のJR東日本には危機感が少なかったかもしれません。本業の鉄道など既存事業で何兆円と稼いでいるわけですから、少人数のイベントで十数万円稼ぐという発想はあまりなかったと思います」(山本さん)
その意識がガラッと変わった。
「コロナ禍で失ったお客さまの移動は元に戻らないと、会社は理解しています。現場の社員が新たな価値を生み出すことは、良い取り組みとして社内でも受け止められています。
これまでのJR東日本の常識では、会社の収入を稼ぐのは駅でした。車両センターはコストセンターであって、そこの社員が稼ぐという感覚はなかったのですが、知恵を絞ってイベントを作れば、お客さまも喜ぶし、収益も上がる。今までJRではありえなかったことができるようになった。それは非常に取り組み甲斐のあることです。
ただ、そこにマニュアルや通達は一切ありません。
鉄道事業であれば、例えば車両の取り扱いについては、決められた業務を決められた通りに行います。いわゆるトップダウンの構図が日常になっています。しかし、イベント事業に関しては、現場のボトムアップで『お客さまに喜んでいただく方法を考える』という全く異なる発想が求められます。
お客さまのニーズをくみ上げ、体験商品として、持続可能な形でサービスを提供していく。社員には、ニーズ把握と経営感覚が求められます。社員自らが成長しながら、お客さまから感謝される喜びを実感してほしい。それをこのコミュニティで実現したい。撮り鉄のみなさんからの意見を切実に欲しています」(飛鳥井さん)
発足からわずか10日足らずでも、会員の撮り鉄からの声をうけて、イベントの企画を進めているという。