2021年11月23日 08:41 弁護士ドットコム
企業に副業・兼業解禁の動きが広がり、単発の仕事を請け負うギグワークなど、新しい働き方も登場する中、個人で仕事を請け負う人が増えている。これに伴い、顧客からの報酬未払いや突然の契約解除など、法的なトラブルも目立つようになった。
【関連記事:夫婦ゲンカ「仲直りご飯」を作ろうとしたら、夫がすでに「離婚届」を出していた…】
顧客の未払いや不当な要求があっても、その後の人間関係や仕事の発注などを考えて、声を上げられずにいる人も多いのではないだろうか。法的なトラブルに対する心構えや、実際に起きてしまった時の対処法などを取材した。(ライター・有馬知子)
「お金のことは、たとえ相手に『ドライで堅苦しい』と思われても、最初にクリアにしておくべきだと学びました」
都内の外資系IT企業に勤める男性(46歳)は、こんな言葉を口にする。副業として昨年、ある不動産開発会社とアドバイザー契約を結んだが、報酬500万円あまりが未払いとなっているためだ。
男性はこの会社の入札書作成などに携わっていたが、昨年末、報酬の7割を繰り延べしてほしいと頼まれ承諾した。その後、会社は入札に失敗して資金繰りが悪化し、7カ月分の繰り延べ報酬が支払われていない。
「会社のオーナーにメールなどで支払いを督促しましたが、『お金がないから払えない』の一点張りでらちがあきません」
弁護士に相談し、オーナーに内容証明郵便を出したが「新たな資金調達の当てがないのは分かっています。取り戻すのはおそらく無理でしょう」と、あきらめ顔だ。
男性は企業の正社員として働いてるので、未払いが即、家計を直撃するわけではない。「もし完全なフリーランスだったら、ダメージは比較にならないほど大きかったでしょう」
今回のトラブルで、男性は「お金は回収できる時に回収すべき」だと痛感している。
「報酬繰り延べを申し出られた時、それまでの人間関係でつい応じてしまったが、この時に契約をやめるか条件を見直すべきでした。お金が絡む話は『なあなあ』にしてはいけない、仮に繰り延べるにしても期限を設定し、それまでに払えなかったらペナルティを課す、といった取り決めが必要だと改めて思いました」
何よりも残念なのは、ともに働いていたメンバーとの人間関係が壊れてしまったことだという。
「お金を払おうとしないオーナーの本性に失望させられただけでなく、私に『会社が苦しいんだから、少しは手伝って』と理不尽な要求をしてくる社員もいて、関係がとげとげしくなりました。仕事自体は面白かっただけに『もったいない』という気持ちが残りました」
厚生労働省は昨年11月、フリーランスの賃金や契約など、法的なトラブルの相談に応じるため「フリーランス・トラブル110番」を設置した。事業を受託運営する第二東京弁護士会によると、電話やメール、ウェブ会議システムなどを通じて、毎日平均20件の相談が寄せられているという。
フリーランスや副業・兼業者らの集まるプラットフォームである「プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会」は10月19日、フリーランスのトラブル対処法を紹介するオンラインイベントを開いた。登壇した山田康成弁護士は「受注者は個人、発注者も小規模な組織でともに法的知識がなく、無茶な要求をする中でトラブルが生じるケースが多い。受注者、発注者いずれも苦労しているな、というのが率直な感想」と述べた。
相談者の業種で最も多いのがウェブ制作・システム開発で、2位に軽貨物などを使った配送業、3位にデザイナーが続く。また相談内容で最も多いのが、報酬の全額不払いだ。次いで多いのが、契約書の未作成や契約内容の不明確さから生じるトラブルだが、「これも突き詰めれば、報酬額のあいまいさに起因するケースが多い」(山田弁護士)。報酬の一方的減額や支払い遅延が、これらに続く。
中には、仕事の8割を完成させたところで一方的に「もういらない」と契約を解除され、請求書を送ってもなしのつぶて…という「怖い話」も。
一方で、フリー側が契約解除を申し出たところ、顧客企業に「損害賠償を請求するぞ」と迫られ「仕事をやめたいのに、やめられない」という相談も4番目に多い。同じイベントに登壇した堀田陽平弁護士は「請負契約は、発注者に契約違反などがない場合、フリーが一方的に契約を解除する権利はなく、話し合いが必要になる。契約は簡単に切れるものではないことを肝に銘じ、仕事内容などを、事前によく確認すべきです」と話す。
もちろんフリー側に、昔の仕事を使いまわすなどの落ち度があれば、報酬の返還や損害賠償を求められる場合もある。堀田弁護士は「フリー側も契約で定められた仕事をする義務があり、やらなければ債務不履行になることを、きちんと認識すべきです」と語った。
クライアントとのトラブルに対して、具体的にはどのような対策が考えられるのだろう。まず思いつくのが裁判だが、請求額が10~20万円程度の場合、たとえお金を取り戻しても弁護士費用で消えてしまったり、審理が長期にわたったりと、原告の負担の方が大きくなりがちだ。そこで山田弁護士は「60万円以下の金銭支払いを求める場合、通常1回の審理ですむ『少額訴訟』という方法がある」と提案する。
少額訴訟は、原告の訴状と被告の答弁書、双方の提出する証拠に基づき、裁判所が判決を下す。裁判所は被告を強制的に出頭させることができる。
裁判所に書類で、債務者の支払いを申し立てる「支払督促」制度も利用できる。、督促に対して、相手が異議を申し立てなければ請求通りの支払いが確定する。
ただし、支払督促は相手が異議を申し立てると、相手側の所在地での裁判に移行するため、顧客企業が遠い場合は、注意が必要だという。
金銭の絡まないトラブルについて、フリーランス・トラブル110番の事業では、キャリア10年以上の弁護士が「あっせん人」になって話し合いを仲立ちし、トラブルの解決をめざす「和解あっせん」を提供している。
和解あっせんは、あっせん人が間に立って相談者と相手、双方の対話の場を設定し、話し合いを促す。審理は非公開で行われ、手続き費用が無料で申し立ても簡単、さらにウェブ上での審理も可能という手軽さがメリットだ。契約条件の見直しなど、金銭が直接絡まない案件も話し合える。当事者双方が納得のいくまで対話し、柔軟な解決策を模索できる仕組みだが、裁判のように相手の出席を強制する力はない。
またトラブルへの備えとして、堀田弁護士は「口約束やメールで仕事を受け、契約書の締結が後回しでも、メールやチャットが契約の証明に使える。諦めずに証拠を集めて」と話す。その際、SNSの内容を相手に削除されないよう、スクリーンショットで保存しておくことが大事だという。
もう一つ注意したいのが「ない袖は振れない」こと。堀田氏は「請求権が裁判で認められても、お金などの財産がなければ取れないのが法律の限界。契約の最初に、相手の支払い能力をしっかり見極めることが大事」と強調した。
また、フリーランス協会は今年9月、報酬トラブルに関する弁護士の無料相談対応と、弁護士費用を最大70万円まで支払う保険を組み合わせたサービス「フリーガル」を、1万円の年会費は据え置きで、全有料会員に提供し始めた。こうした有償のサービスを活用するのも、自衛手段の一つと言えそうだ。