「漫喫行ったら、マンガ描くよな?」と言ったら「そんなわけない」とツッコまれそうだが、実のところ「そんな漫喫」が名古屋に実在する。
名古屋の大須商店街にあるその店名は「漫画空間(以下「漫空」)」。「読める! 描ける! (仲間の輪が)広がる!」コンセプトで、来店客のほとんどが「読む人」ではなく「描く人」というのが特徴だ。
利用者は黙々と机に向かい、画業に集中している。仕事帰りや休日に立ち寄る会社員が多いという。(取材・文:檀原 照和)
月400~500人が利用
「漫空」がオープンしたのは2010年5月。まだ「コワーキングスペース」という言葉が一般的ではないころだ。
オーナー店長の内藤泰弘さんは当時52歳。「自分で事業を立ち上げたい。できれば大好きな漫画に関わる仕事がしたい」と一念発起し、27年働いた会社を脱サラした。最初の1年半はまったく人が入らない。ヒヤヒヤの連続だった。しかし、徐々に居着いてくれる常連も増え、2年目から3年目に入る頃には手応えを感じるようになっていったそうだ。
いまでは20代から30代を中心に、平均すると1ヶ月で400~500人が利用するという。「回転率を競うような業態ではないので、来客数自体に意味はありません」という内藤さんの言葉通り、重要なのは「サードプレイス」的な居場所の提供にある。
現在、毎日のように顔を出している利用者は2人。週1回ペースは十数人いるという。常連が集まる忘年会には毎年30名程度、多いときには50名もの人が集まる。さらに開店を祝う5月の創業記念パーティーや自然発生的に行われる飲み会など、交流の機会はふんだんにある。コロナで客足が遠のいてしまった部分こそあるものの、漫画描きの居場所として定着している様子がうかがえる。
プロデビューした人も
場所貸しに留まらず、講座に力に入れているのも同店の特徴だ。特に新人養成の「チャレンジ講座」(週1回3ヶ月間)は開店翌年からつづく長寿企画。まったくの初心者が8ページの作品を完成させる。ここからデビューした常連は4人いるという。商業誌だけが活躍の場ではない。同人誌に描き続ける者も含めれば、その成果は決して小さくない。
「うちに通ってデビューにこぎ着けた常連は、確実に把握しているだけで28人。実際は30人以上いると思います」と内藤さん。
現在連載中が8人。アニメ化されたり、映画化された人もいるという。来店した漫画家は数え切れないほどで、壁はサイン色紙で埋め尽くされている。
初心者向け以外にも
「デジタル講座」
「背景講座」
「ネーム指導会」
といった講座があり、熱意さえあれば成長できる環境が用意されている。
店内には約20のデスクが並ぶ。利用者の多くはパソコンや iPad、ペンタブレットなどを持ち込むが、デジタル専用席も3席あり、手ぶらで来ても作画出来る。のみならず画材まで用意されているので、いまや稀少人種となったフルアナログの描き手も身一つで作業に取りかかれる。まさに至れり尽くせりだ。
Discordでオンラインサロンも開催中
コロナ禍による移動制限を受け、内藤さんは「漫画人(まんがびと)倶楽部」というオンラインサロンを立ち上げた。Discord(ディスコード)をつかったチャットのほか、毎週金曜日にオンライン作業会を実施。お喋りしながら作業したり、イラストやネームをアップしたり、お互いの制作物に対して意見交換し合うなどの活動が行われている。参加者は名古屋近郊のみならず、静岡、三重、東京など遠方の人も多いという。なかには来店したことがない人さえいるそうだ。
仕事の紹介も
「漫空」がユニークなのは編集プロダクション的な動きもしている点だ。2013年に結成した「漫空線隊 画レンジャー」は広告代理店から相談された案件を常連のプロ漫画家、アシスタント、若手漫画家らに差配するプロジェクトだ。
いずれも漫画に関わる仕事で、これまでに
「台湾向けに東海地区をアピールするパンフレットの制作」
「三重県津市の農産物キャラクター『つ乃めぐみ』のデザイン」
「日本自動車工業会のキャラクターデザイン」
「名古屋企業の新卒者向けパンフレット作成」
などの仕事を請け負ってきた。駆け出しの漫画家にとって、こうした機会は得がたいものだろう。
若手漫画家に居場所を提供するだけでなく、指導や仕事の斡旋まで行っている「漫空」。東京とは違う、名古屋の底力を垣間見た思いがした。