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まるで朝ドラ! 老舗料亭を舞台に繰り広げられる年の差夫婦の物語『ながたんと青と』のエネルギー

2021年11月20日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

まるで朝ドラ『ながたんと青と』がアツい

「この厨房に立つことは うちの夢でもあった」



 戦争で亡くなった夫からもらったながたん(包丁)を、はじめて手に取る。そこには、ひとりの女性の覚悟があった——。


 1951年春、戦争が終わって6年。200年あまり続く京都の料亭『桑乃木』が本作の舞台だ。ヒロインのいち日は、2カ月しか夫婦として暮らせなかった夫を戦争で亡くし、ホテルの厨房でアントルメティエ(※1)として働いていた。それから突然父が亡くなり、なんとか母と妹が料亭を切り盛りしていたが、大阪でホテルを経営する山口家の三男を婿養子に迎え、傾きつつある料亭の立て直しを図ることに。しかし、結婚をして跡を継ぐはずだった妹が駆け落ちしてしまう。行方不明の妹の代わりに、その矛先はいち日へと向けられる……。
※1 アントルメティエ:厨房でスープ、卵、野菜など前菜を担当するスタッフのこと(https://www.shibatashoten.co.jp/sp/words/detail.php?wid=301)


 最初にこの漫画を読んだとき、朝ドラ(NHK連続テレビ小説)のようだと思った。戦後という時代背景、京都を舞台に方言を話し、女性の板前という進出が難しい世界で頑張るヒロイン。いち日の身には、政略結婚や料亭の跡継ぎ、経営の立て直しなどが一度に押し寄せる。それでもなぜここまで淡々と、ときには楽しそうにしていられるのだろうか。どんなに泥臭くても、自分に自信がなくて卑屈になってしまうことがあっても、自分にはなにができるのだろうかと考え、向き合うヒロインの生き抜こうとする強さ、美しさ。そこからエネルギーをもらえる、そんな作品だ。


歳の差15歳、ゆっくりとだがお互いの歩み寄りが丁寧に描かれている

 34歳のいち日と、19歳で大学に通う周(あまね)。はじめて顔を合わせたときの周は、思ったことをはっきり言う、一言多い人という印象。いち日は縁談を周の方から断ってもらうために、「うちには好きな人がおります」と切り出した。しかし、周は「ぼくにもいます」と答える。こんな人と結婚してともに生活し、料亭を立て直していけるのだろうか。だけど、山口家の援助がなければ料亭はつぶれてしまう。料亭を維持するために、お互い想い人がいるという本音を知りながらも、15歳年下の周を婿に迎えることにした。


 夫婦となった日、周はいち日の手料理に一瞬で魅了されてしまった。そして、「いち日が料亭で料理をするなら、僕がこの店を立て直します」と言い出す。呆気にとられるいち日にとって、周はまだ学生で山口家の三男で、桑乃木を乗っ取ろうとしているのではないかという疑いがあり、信用しきれない……。2人の考えや気持ちは大きくズレているようにも感じる。いち日は先代からの伝統を守りたい、お客さんのことは一人ずつ頭で覚えるべきだという。しかし、周は顧客名簿を作り、客それぞれの好みは料理人任せではなく、経営者側も把握すべきだという考え方だ。これから日本は多くの外国人が訪れる、この町はそうなると、京料理も世界に広がっていくとも。夫婦以前に料亭の立て直しを図るパートナーとしてもこれで大丈夫なのかと心配になる。


 しかし、ひとつひとつの問題に対して向き合い、言葉にし、お互いにないものを補い合う、ゆっくりとだが歩み寄る様子が丁寧に描かれている。もどかしさもありつつ、ハラハラドキドキとした大きな展開がなくとも、続きが気になって仕方がない作品だ。


料亭を立て直すための斬新なアイディアと食べる人のことを心から思うレシピ

 トントンと包丁の音やかき混ぜる音、食材を焼く匂い、鮮やかな色合いまでもが実際に感じられてきそうだ。あぁ…これは夜中の空腹時に読んではいけない(笑)。


 料亭の立て直し、歳の差夫婦の歩み寄りのキーにもなっているのが度々出てくる”レシピ”だろう。特にいち日は、さまざまな境遇にある人やその人の食事の嗜好、その人の生き方に……食べる人のことを心から思っていることが、レシピからも伝わってくる。周のアドバイスもあり、先代の味を守りつつも、これまでにはなかった料理にチャレンジをする。さまざまな食材や調理方法を駆使しながら、ホテルで培った洋食レシピのアレンジを加えることも。政略結婚、料亭の立て直しという大変な状況のなか、いち日がレシピのことを考えるときはなんだか生き生きと、楽しそうである。周もいち日の手料理を食べるときだけは、素直で年相応の愛らしい姿をみせる。


 作中ではところどころに実際のレシピも載せられている。作者のあとがきには、「作中のレシピは実際に作っていただきたくて、昭和中期と現代を少し混ぜるような形で作っていただいている」と書かれている。筆者もさっそく作ってみた。個人的にはいち日が作るまかない、夜食のレシピが好きだ。


4巻に登場した『カブの青唐辛子もみ梅和え』『牛肉の青唐辛子巻き』


 いち日は周のことを「青と」のようだ(青唐辛子のこと、青くさいという意味でつかうことも)と思っていて、周の好物が梅干しであることもちゃんと覚えているのだなと、このレシピからもわかる。筆者は辛いのが苦手なので、再現レシピでは青とでも『万願寺とうがらし』という甘味がある京野菜で代用。こちらは料理初心者でも作りやすいのではないかと思う。ぜひ本作を読みながら試してみてほしい。そして、料亭のこれからといち日と周、歳の差夫婦の行く末を見守っていきたい。


■書誌情報
『ながたんと青と-いちかの料理帖-』1~7巻(KC KISS)
作者:磯谷友紀
出版社:講談社


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