2021年11月20日 08:11 弁護士ドットコム
コロナ禍が始まってから、まもなく2年になる。感染拡大防止のため、国内では何度も緊急事態宣言が出され、その都度、店舗などは休業や時短営業を余儀なくされた。そうした中、大きな打撃を受けた分野の一つが、演劇や映画、音楽などの文化芸術だ。
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公演の中止が続き、各地の映画館やライブハウスが閉業に追い込まれたり、経営難に陥っている。
昨年4月、ミニシアター救済のためのプロジェクト「SAVE the CINEMA」を立ち上げた馬奈木厳太郎弁護士は「1年半以上が経ち、深刻度は増しています」と指摘する。
現在、馬奈木弁護士らは、国に公的支援を求めるプロジェクト「We Need Culture」を立ち上げ、演劇や映画、音楽、美術などの関係者が連携して国に対して働きかけをおこなっている。
コロナ後の世界で、映画文化は生き残っているのだろうか。今、どのような支援が必要なのだろうか。文化芸術のために奔走してきた馬奈木弁護士に聞いた。
各地の自治体は、休業や時短営業の要請に応じた事業者に対して、「協力金」を給付した。それは十分な額ではなかったが、ミニシアターはその対象にすらならなかったという。
「たとえば東京都の場合だと、飲食店だけでなく、映画館にも協力金が出ましたが、床面積が1000平米を超えているところという条件がありました。しかし、ミニシアターはその条件に満たないところばかりです。
それでも、飲食店や大規模映画館と同じように夜8時以降は営業しないよう、法的な根拠もない『依頼』だけはきます。1つのスクリーンしか持っていないようなミニシアターは、だいたい1日5、6回、朝10時ぐらいから夜10時ぐらいまで上映しています。時間面積で商売してるいという形です。そこに、夜の上映を1回減らしてほしいと言われるわけです。
単純に上映1回分の売り上げが減ったという話ではありません。観客も不要不急の外出を控えているわけですから、長期的にみると大変な打撃になります。
私たちはミニシアターに対しても協力金を支払うよう求めましたが、結局、東京都で今年4月25日から5月11日までの間の34万円の支援金しか出ませんでした。これだと1日2万円です。『香典』のつもりかと、ミニシアターからは怒りの声がわきました」
終わりの見えないまま、1年半以上が経過した結果、経営難に陥るミニシアターは少なくないという。馬奈木弁護士は、こうしたミニシアターのような映画館が映画文化を支えてきたと指摘する。
「日本で公開される映画は1年間でおよそ1100作品です。それに対して、国内のスクリーン数はだいたい3600から3700で、このうち9割がシネコン、残り1割がミニシアターや名画座です。
そして、シネコンのみで公開される作品は約300作品。つまり、スクリーン数では1割にみたないミニシアターで、国内で公開される作品の7割以上が上映されているのです。
ミニシアターでの上映が、多様性を担保しています。アート系の作品もあれば、批評性の強い作品もある。マイノリティや中南米、アフリカ、気候危機の作品だったり、こうした作品を通じて世界の今や、歴史を知るきっかけとなることも少なくありません。
僕はそうしたものの果たす役割は、売れ筋の本を中心に置いている本屋さんではなく、多様な本を置いている図書館みたいなもので、こうした役割はパブリックなものだと思っています。
また、日本は、宗教や民族、政治的なタブーがほとんどありません。そうしたことから、母国で上映できない作品が、日本に来て、日本で公開されることもあります。
香港やミャンマー、アフガニスタンなど、自国で公開できないものを日本のミニシアターが引き受けているわけで、日本のミニシアターはアジアのハブの役割を果たしています。こうした、自由や民主主義の守り手という側面も、もっと注目されるべきだと思います」
経営難だから公的支援が必要という話にとどまらない。
「もしも、ミニシアターが十分にパブリックな役割を果たしているのであれば、担い手が公立であるか、民間であるかは重要な問題ではなく、僕たちの社会に必要不可欠なものと評価できるのではないでしょうか。そうだとしたら、せめて潰れない程度に存続できるよう、社会的に支えてもらえませんか、と」
文化芸術の窮状に、国も手を打たなかったわけではない。
馬奈木弁護士たちの「SAVE the CINEMA」などをきっかけに、国は2020年度の第2次補正予算で、560億円という支援事業をおこなった。これは、「コロナ禍を乗り越えるための文化芸術活動の継続支援事業」と銘打ち、その後、第3次予算で250億円、2021年度予算では180億円をあてている。
「文化庁は1000億円ぐらいの年間予算の半分に相当する予算を組んでくれました。とてもがんばっていただいているのはわかるのですが、ただ、使い勝手が良くない点もあります。
その根本的な原因は、支援対象が『活動』になっているからです。つまり、映画でいえば、支援対象は、制作助成とか、国際映画祭などのイベント助成で、演劇であれば、公演は『活動』になり、助成されます。しかし、映画館が日々、おこなっている上映は、『活動ではない』というのが、文化庁の考え方です」
活動と認められたとしても、演劇は緊急事態宣言があれば公演は吹っ飛ぶ。
「その公演一つ準備するにしても、何カ月も前から予定を組み、劇場を予約します。台本を用意したり、集まって稽古したり、大道具や衣装を作ったり、とにかくいろいろなことをするわけです。
しかし、また緊急事態宣言が発令されましたと言われれば、公演は中止せざるを得ない。それをもう、4回、5回と繰り返してきているわけです。国は一方で『活動すればお金を出す』と言うが、一方で緊急事態宣言やまん延防止等重点措置とかになれば、動けなくなります」
公演が中止になれば、公演に関わる人たちにとって死活問題に直結するという。
「多くの劇団で、ギャラは公演が終わってから発生します。だから、稽古をしているときにはギャラはありません。アルバイトをかけもちしながら役者をやっている人も多いですが、公演に向けた稽古のためにバイトする時間を削ったりしているので、バイト代もいつもより少ない。
その上で公演が中止になると、非常に厳しいです。ギャラも入らず、バイト代も少ない、これでは経済的に苦境に立たされます。そうなると、転職できる人、若い人から演劇の世界を後にしていきます。これは次の世代の担い手を失うことにもなりかねない問題です」
新たな文化支援のあり方を求め、馬奈木弁護士たちの「We Need Culture」では、それまで個々に活動してきた演劇や映画、音楽、美術業界の有志が連携し、政府や政治家にはたらきかけをおこなっている。
「存続のためには、やっぱりダイレクトな支援が一番ありがたいです。残念なことに、文化芸術に携わる人に『今まで一番、役に立った支援は何ですか』と聞けば、持続化給付金や、10万円の特別定額給付金というでしょう。
あれは使途目的が限定されておらず、一番気が利いてました。でもこれは文化のための、文化に着目した支援じゃないですよね」
馬奈木弁護士たちが求めているのは、公的資金が投入され、文化芸術の受け皿となる「文化芸術復興基金」だ。今年8月、政党や文化庁に対して提言書を提出した。
「文化庁の支援は使い勝手が悪というふうに言いましたけれど、休業や減収の補償をしないというのは政府の方針なので縛りはあります。提言書では、法改正も視野に入れ、活動だけでなく、場や担い手の人たちに対しても支援できるよう変えていってほしいと求めています」
コロナで苦境に陥っているが、それが演劇や映画、音楽、美術といったジャンルを超えた連携を可能にしたと、馬奈木弁護士はいう。そして、連携できているからこそ、いまがチャンスでもあると。
「きっかけは、コロナではありましたが、コロナ対策という次元にとどまらず、文化支援のあり方について問題提起していきたいと思います。
日本は、世界と比べても、文化政策がぜい弱で、支援も限られています。私たちが生きていくうえで、文化芸術とはどのような存在なのか、文化芸術をめぐる政策や支援とはどうあるべきなのか、国民的な議論が、いまこそ必要だと思います。
多くの人たちに、文化芸術は生きていく上で必要不可欠だよねと思ってもらえることが、私たちの目標ですし、そうなったときに、ようやく取り組みを終えられますね(笑)」
【馬奈木厳太郎弁護士の略歴】 福岡県出身。大学専任講師(憲法学)を経て弁護士に。 「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟弁護団で事務局長、福島県広野町の高野病院、大槌町旧役場庁舎解体差止住民訴訟などの代理人を務める。弁護士として活動する一方、ドキュメンタリー映画にも関わっている。『大地を受け継ぐ』(2015年)で企画、『誰がために憲法はある』(2019年)で製作、『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』(2020年)で製作協力、『わたしは分断を許さない』(2020年)でプロデューサーをつとめた。コロナ禍では、ミニシアター救済のためのプロジェクト「SAVE the CINEMA」や、国に公的支援を求めるプロジェクト「We Need Culture」を立ち上げ、文化芸術の発展のために尽力している。