「学術書」なのに、売れに売れまくっている本がある。『婚活戦略――商品化する男女と市場の力学』(中央経済社)。東京都立大学経済経営学部准教授・高橋勅徳さん(47歳)が、自身の婚活体験を赤裸々に語っている点が話題を呼んでいる。
有名大准教授で、年収「1000万円以上」とのこと。スペック的には勝ち組といっていいはずだが、それでもぶち当たった「現実」。自ら婚活市場に挑み、そして撤退した高橋さんに、その体験から見えてきたものを語ってもらった。(取材・文:箕輪 健伸)
高スペックのはずなのに……。
高橋さんの婚活を象徴するエピソードがこれだ。
婚活パーティで出会った一回り年下の女性と「一緒に沖縄旅行に行くためのスケジュール調整や、宿泊するホテル選び程度には、打ち解けた関係になっていた」という高橋さん。
ところが、旅行の前に関係をはっきりさせておこうと、結婚を前提とした交際を申し込むと答えは驚愕の「NO」だった。
あえて繰り返すが、出会ったのは「婚活パーティ」である。話もはずみ「2人きりで旅行へ行こう」という展開にまでなっているわけだ。いったいなぜだ。
そればかりではない、この女性は何事もなかったかのように「それでさ、この前、高橋さんが見せてくれた写真に一緒に映っていた先生、紹介して」と言ってきたのだという。
いったい何が起きていたのか。ありえない、時空でもねじれたかのような出来事だが……。高橋さんの分析はこうだ。
「私との付き合いを通して、彼女は自信を付けていったんでしょう。こんな私でも大切にしてもらえる。ならば、もう少し条件の良い人がいるのでは、と。それで年齢も若く見た目も私よりも良い人に乗り換えようと思ったのでしょう。指先一つ、クリック一つで無限に『高スペック』の男性に会うチャンスがあると感じた彼女にとって、不自然な選択ではなかったのかもしれません」
客観的かつ冷静な分析。実に学者らしい。
ちなみに、「高橋さんが見せてくれた写真に写っていた先生」とは、高橋さんの弟子とも言える後輩なのだそうだ。高橋さんが感じた屈辱や怒りは、いかばかりか。
「私の性格なのか、その場面ではまったく怒りが湧きませんでした。この人は何を言っているんだろうとしか思いませんでした。と言うより、どうやってそこから自宅に帰ったのかさえ覚えていません。自宅に帰ってから、ようやく彼女に言われた言葉の意味を把握できました」
あまりの衝撃に、記憶が飛んでしまっていたのだ。
もう信じられない!
高橋さんが怒り狂ったタイミングは、実は本の執筆後だったのだそう。
「この体験を学術的に分析し、原稿に落とし込んだ後に、『ふざけるな!』と大きな怒りをはじめて感じました。それまでは研究対象としてどこか引いた眼で観察していたんでしょうね」
怒りは見えない地下で、マグマのように溜まっていたのだろう。この体験から2年ほどを経た今でも、このシーンを夢に見るという。「トラウマですね」と力なく笑う高橋さんだが、傷ついた気持ちは痛いほどわかる。このシーンのような目に遭遇するたびに繰り返し傷つけられ、やがて高橋さんは婚活市場から退場したそうだ。
繰り返しこんな目に遭えば、そりゃあ人間不信にもなるだろう。しかし、高橋さんは学者である。そういった体験を繰り返すうちに、婚活市場の独特の力学と、成功のための戦略を見いだした。たとえばこんな話である。
「女性は、"私なんか"と思わないことですね。婚活市場では女性は年齢が最重視されますが、たとえば、25歳の女性の場合、25歳までの婚活パーティに参加するか、25歳以上の婚活パーティに参加するのかで、市場における価値はまったく違います。25歳までのパーティであれば、年齢的に一番不利ですが25歳以上のパーティでは最も有利です。このように、必ずその女性が有利になるはずの婚活パーティや婚活サービスがあるはずで、女性の婚活がうまく行くかどうかは、婚活市場の力学をうまく利用して自分の価値を向上させられるかどうか、その戦略次第なのです」
「また、婚活パーティや婚活サービスは、入会する際に厳格な審査が行われるため、男女の出会い方としては最も安全な方法の一つです。女性は積極的に婚活パーティや婚活サービスを利用するべきでしょう」
なるほど。
一方、男性に関しては、「婚活パーティや婚活サービス以外の道を模索しては」とアドバイスする。
「私が参加したような年収1000万円以上の婚活パーティで、人気があるのはより若くルックスの良い男性か、年収数千万円クラスの男性。そして、それら1~2人以外の男性は女性側から切られてしまうのが現在の婚活市場の特徴です。年収800万円以上や600万円以上のクラスでも同じ構図です。ほんの一握りの男性以外、女性と話すこともままなりません。男性が理想の相手と婚活で出会って結婚できるのは天文学的な確率と言っても良いでしょう」
婚活シビアすぎる。条件が揃いまくっている高スペック男性以外はどうすればいいのか。
「職場や学校、友人や親族関係など、今ある人間関係をあらためて出会いの場として捉えた方が良いと思います。職場恋愛は難しくても、職場の同僚の友達の友達といった人なら恋愛や結婚に発展する可能性は、少なくとも婚活より高いのではないでしょうか」
なお、高橋さんによると巷にあふれている女性向けの婚活指南書は、読む必要がないのだそうだ。「いわゆる婚活中、大多数の男性は、女性とコミュニケーションを取るところまでいけない。女性は普通の対応をしていればそれだけでモテます」。
まあ、女性側も「婚活でモテる」ところから「理想の男性と結婚」まで持っていけるのは、ごく一部なのかもしれないが……。
それにしても、強制的に「商品」にされ値踏みされてしまう、婚活市場のシビアさは想像を絶する。もうちょっと人間性に配慮した仕組みを誰かが考え出してくれないだろうか……。