その「レストラン」は青山通りの角にあるはずだった。しかし付近一帯をいくら探しても見つからない。「グーグルマップ」にも「食べログ」にも出ていないのはどういうワケだ?
苛立ちが募り始めたときだ。
「お兄さん、Uberの人?」
咥えタバコの男性が声を掛けてきた。白いコック服姿。休憩中らしい彼こそが、目指す店舗で働く料理人だった。(文:飯配達夫)
「レストラン」はトタンの仮小屋。
教えてもらった「店」は、ビルの外壁と塀の隙間、人一人がやっと通れるくらいの奥にあった。ビルの裏手、たぶんプロパンガスやゴミの置き場だったところを片付けて、トタンの仮小屋をしつらえている。小屋の奥は、どこかの飲食店の勝手口と繋がっているようだ。
ここで受け取るのか……。つまり、このレストランは座席を持たず、フードデリバリーのみで営業している「ゴーストレストラン」だったのだ。
フードデリバリーが流行れば「宅配専門店」が増えるのは当然だ。ピザや寿司など昔からそういう店はあった。しかし、ここで「ゴーストレストラン」と呼んでいるのは、それとは全く異なる存在。ネット上では一見すると普通の飲食店のようなイメージを振りまいておきながら、店に商品を受け取りに行くと「これは……」と驚いてしまうような店のことだ。
たとえば、ある店は芝浦の貸倉庫ビルに入っていた。どう考えても倉庫かトランクルームしかなさそうな場所に入っていくと、現れたのは場違いなレンタルキッチン……。あるいはごくごく一般的なマンションの一室が「マクロビ弁当専門店」だったこともある。
もちろん宅配なのだから、料理の品質が良ければそれで十分という話もある。まじめそうな個人オーナーが、自治体の創業支援を受けてコツコツ運営しているような店もあり、「闇」だなんだと安易なことは言いたくない。
1つの店舗で20の看板も
しかし怪しい店はとことん怪しい。たとえば実態は1つの店なのに「複数の看板」を掲げる店がある。「オムライス専門店」「特選ローストビーフ」「こだわりの唐揚げ」「牛タンの匠」「焼き肉の鉄人」……バラバラの店と思ったら、料理は全部「1つのキッチン」で作っている。
客は「専門店の味」を期待しているのに、実態は「何でもキッチン」なのだから始末が悪い。多い店になると、1店舗で10も20も屋号を掲げている。配達員の交通マナーよりも、よっぽど質が悪い。
そんな荒んだ世界にもコロナの風は吹き付ける。大きな資本を持った企業が一気に参入し、業界の景色は変わった。中目黒にオープンした話題のシェアキッチンは、ピカピカの設備、機能的なレイアウトのフロアに、たくさんの店がぴっちり詰め込まれていた。外見も中身も怪しげなゴーストキッチンとは全く違う光景に驚いたものだ。
まあ、まずい店は潰れるのが飲食店の常。これだけ競争が激しくなると、品質の伴わない「ゴーストキッチン」は自然と淘汰されていくはずだ。厳しい世の中、僕も生き残るために頑張って配達をしなければ……。