どんなに東京が大都会でも、決して味わえない料理はある。独特の魅力が尽きない地方の食文化。出張や旅行の際、必ず試したい「地方ならではの味」を紹介する。(取材・文=昼間 たかし)
「伊那」では当たり前のようにメニューにあるが……
日本のあちこちにある名物の麺料理。讃岐うどん、信州そば、博多ラーメン。それぞれ、土地ならではの発展をしている。数ある麺料理の中でも、独特の存在と感じるのが南信……長野県伊那地方の名物「ローメン」だ。
この麺料理はとにかく不思議だ。ローメンを出す飲食店は、伊那市を中心に90店舗ほどある。ローメンをメインに据えた店もあれば、食堂・居酒屋など営業形態は様々であるが、当地では「あって当たり前」のようにメニューに載っている。
ところが、「上伊那」と呼ばれるエリアから離れたとたん、ローメンは綺麗さっぱりメニューから消える。車で1時間もかからない諏訪市や松本市、飯田市に行くと見事に見当たらないのだ。
東京には僅かに2店舗ほどの居酒屋がメニューに加えているが、まったく知名度はない。これまで幾度かローメンを看板に据えた店が登場したことがあるが、長くは続かなかった。
東京から高速バスで3時間半。電車だと乗り継ぎで4時間近くかかる伊那市にいかねば、ほぼ味わうことのできないのが「ローメン」という食べ物である。
自分で味をつくる独特のスタイル
地元の人には申し訳ないが「伊那市」の知名度は高くない。遊びにいくというと「どこにあるのか」「なにをしにいくのか」などと尋ねられることがけっこう多い。
しかし、実は伊那市、ネットの移住情報サイト「SMOUT」では2020年全国2位、2021年全国3位と連続トップ3入りする、地味に注目のエリアなのだ。
アニメファンにとっておなじみ「聖地巡礼」も、1991年にアニメ化された『究極超人あ~る』に登場した伊那市と、少し南に進んだ飯島町が発祥の地と言われている。飯島町にの飯田線・田切駅前にはこのことを記念した石碑も建立されている。そんなネタの宝庫の伊那市に、筆者も幾度も取材に訪れている。
ところで、この「ローメン」。実は説明が難しい食べ物。まず、伊那市に出かけて、どこかの店に入ってローメンを頼むとする。
ある店ではどんぶりいっぱいのスープに浸かった麺が運ばれてくる。かと思えば、別の店では焼きそば風のものがやってくる。
うどんであれば、通常のうどんと焼きうどんで明確な区別があるが、この地方ではどちらもローメンである。一応、人に話すときはわかりやすくするために「スープ系」と「焼きそば系」などと説明したりする。
全国の名物を巡っていると「うちこそ元祖」という店がいくつも存在するものだが、ローメンは例外。1955年に今もある「萬里」が考案したとわかっている。
最初は、日持ちのする蒸し麺と、当時盛んだった牧羊で得られるマトンを用いた麺料理であった。もとは「チャーローメン(炒肉麺)」と呼ばれていたが、普及の過程で省略されて「ローメン」となったという。
この「萬里」で開発されたのが、現在も同店で提供されているスープ系。人気の「ローメン」は周囲の店にも広がっていき、その中で焼きそば系が生まれていった。
このローメンの特徴は、味付けにある。
「萬里」、あるいは焼きそば系の人気店である「うしお」のどちらでも、運ばれてきたローメンを、そのまま食べると……「ん?」という感じ。インパクトが大きい見た目と違い、味付は素朴なのだ。
都市部でよくある味濃い目ガッツリ系ラーメンのようなイメージで口に運ぶと、どうもパンチが足りないのだ。
そこで地元民はローメンが運ばれてくると、まず箸ではなく、卓上の調味料に手をのばす。基本は七味・ラー油・酢・ニンニク。これを少しずつまぶして絡め、個々人が最良の味をつくっていくのだ。
この卓上調味料で味を決めることこそが、ローメンの特徴である。卓上調味料も店によって差異がある。例えば「うしお」ではカレー粉が置かれている。
見た目は具材にキャベツとマトンを用いた焼きそばである。そこにカレー粉を加える。想像しにくいかもしれないが、半分くらい食べたところで味変すると、いい具合に食欲をリセットしてくれる。
この自分で味をつくってかきこみジャンク感こそがローメンの醍醐味だ。伊那市に出向くと、ランチタイム以降はローメンを食べる人で溢れている。この地方では、酒のシメもラーメンではなくローメンである。
伊那市で飲んだ人が、ほぼシメにやってくる「ともゑ食堂」という店がある。開店は19時、閉店は夜の2時という文字通りの深夜食堂なのだが、たいていの人がローメンを食べている。
なぜか普及しない謎
「その時は伊那人として死ぬ時」
テレビ番組で「もしもローメンが食べられなくなったら」と聞かれたある人は、こんな風に言い切っていた。それくらい「ソウルフード」な存在だが、とにかく他エリアでの知名度は低い。
コロナ禍で伊那市に取材に出かける機会を失っている筆者は、最近「ローソン」を見ると「ローメン」に見えてしまう。いつの日か、ローメンが全国区になることを願って止まない。