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バイクの「ヤマハ発動機」が、アフリカで"飲み水"の浄水を行っているワケ

2021年11月15日 18:31  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
「ヤマハ発動機」と聞けば、バイクや電動自転車、それにマリン製品……などをイメージする人が多いはず。同社が10年以上にもわたって、新興国での水質改善の事業に取り組んでいることをご存じの方は少ないのではないだろうか? 今回は今でいう"SDGs"の取り組みともいえる同社の「クリーンウォーターシステム」の事業について紹介したい。


○ヤマハ発動機と海外のつながり



1955年に二輪車メーカーとして設立したヤマハ発動機は、今や売り上げの90%を海外が占めている。そんなグローバルな発展の一端を担っているのが、同社の海外市場開拓事業部だ。「世界の人々に豊かさと喜びを」をスローガンに、約100名の精鋭たちが140を超える国と地域(欧州・アフリカ・中東・中米・南太平洋・カリブなど)で事業展開に注力している。



例えば日本で「二輪車」と言えば、もちろん移動手段として重要なツールである一方、趣味としてバイクライフを楽しんでいる人も多い。でも海外、特に新興国においては事情が大きく異なる。バイクも船外機も新興国においては"ただの道具"ではなく、自分たちの命や生活に直結する大切な"ライフライン"なのだ。



1960-70年代にかけて、同社はアフリカ諸国での市場開拓をスタート。当初は営業マンが木造ボートへの取り付け方法などの指南はもちろん、効率の良い日本の漁法を教えることまで行っていたそう。そのように現地の住民の生活に寄り添った熱心なサポートが実を結び、アフリカだけでなく諸外国でビジネスを拡大し続けている。

○あえて"ローテク"を活用した画期的な浄水システム



「クリーンウォーターシステム」事業の発端も、そんな海外との強いつながりから生まれたものだった。1980年台、インドネシアのバイク製造工場で働く現地駐在員の家族から「水道の水が茶色い。鉄臭い」という苦情があり、これを機に水道水を浄化する家庭用浄水装置を開発し、2010年から現地で試験的に販売・運用を始めたのが、現在のクリーンウォーターシステムの原型となっているとのことだ。



このインドネシアの例に限らず、世界では人口の約30%にあたる22億人もの人々が安全に管理された飲み水を使用できていないというデータがある(2017年時点)。ヤマハでは、この駐在員の声をきっかけに、1991年から同国で家庭用浄水器を販売開始し、さらに2000年には浄水器が買えない低所得層に向けて河川水などを利用した浄水装置の開発を開始。同社の知見や技術力を結集させて開発したシステムが、「クリーンウォーターシステム」である。



仕組みや特徴を簡単に紹介しよう。自然界における砂、砂利、水中のバクテリアなどによる水浄化の仕組みを応用した「緩速ろ過式」を採用し、河川や湖沼の表流水を原水にして一日で8,000リットル(約800~1,200人分)の浄水を供給可能とするシステム。

そのメリットはまず、低所得層に向けて開発したものなので"ランニングコストが低い"こと。凝固剤やフィルターを使用しておらず、砂や砂利の交換も不要となっている。またあえてシンプルなシステムを採用していることで"メンテナンスが容易"。同社のスタッフや専門的な業者でなくても、現地の住民だけでメンテナンスが可能なのだ。最後に、これらを複合したメリットとして"住民の自主運営が可能"なことも大きな特徴となっている。



このクリーンウォーターシステム導入後、村の変化は著しいものだった。まず"綺麗な水を飲もう"という衛生観念そのものが変わったことで、下痢・疾病・皮膚病が大きく減少。さらに、導入前は女性や子どもたちが1日に何度も水源から自宅まで水の運搬を行っていたのだが、この水労働からも解放することができた。そして、近隣の村への宅配ビジネスもスタートし、新たな収入源にもなっているそうだ。



現在ではインドネシアを皮切りに、アジアやアフリカの諸国においても導入が進んでいる。



【設置数】13ヵ国36基(2019年5月末現在)

・アフリカ:8ヵ国21基(セネガル、モーリタニア、ベナン、コートジボアール、コンゴ民主共和国、アンゴラ、カメルーン、ザンビア)

・アジア:2ヵ国9基(インドネシア、ベトナム)

・アジア(モニター設置):5ヵ国6基(カンボジア、ミャンマー、ラオス、インドネシア、ベトナム)

○世界の人々に豊かさと喜びを



今回、記事の作成にあたり同社の海外市場開拓事業部で、このクリーンウォーターシステムの事業に携わった経験を持つ社員の方々にお話を伺ったのだが、その誰もがスローガンである「世界の人々に豊かさと喜びを」の意識を強く持っていることに感銘を受けた。


社員の方々は、現地でのシステム導入・設置だけでなく、文字が読めない住民や子どもたちにも"安全な水の大切さ"が伝わるように「紙芝居」を用いた啓もう活動も実施している。同社はもちろん世界有数の高い技術を有する企業だが、「自分たちがいなくなったあとも継続してもらえるように」「誰もが水の大切さを理解してもらえるように」と、あえて"ローテク"を活用することで、本当の意味で住人たちに寄り添ったサポートを心がけている。



この取り組みは、公益財団法人日本デザイン振興会が主催する「2013 年度グッドデザイン賞」でグッドデザイン金賞(経済産業大臣賞)も受賞している。



社会課題の根本的な解決は、実に厳しい道のりである。しかし、新興国の住民たちに真摯に向き合う同社の取り組みは、一歩一歩ではあるが確実に"豊かさと喜び"を世界各地で実現している。(小井こぞう)