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ハラスメントの内部通報、なぜ杜撰な調査結果に? 担当者の「重すぎる負担」が背景に

2021年11月15日 10:21  弁護士ドットコム

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2020年6月に「パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)」が施行され、労働者からの相談に応じる体制の構築が企業に義務付けられた。しかし、相談窓口を設置しても、十分に機能していないことが指摘されている。


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たとえば、11月に発表された佐川急便のパワハラ事件。今年6月に起きた男性社員(当時39歳)の飛び降り自殺について、会社側が依頼した外部の法律事務所による調査で上司にあたる課長2人によるパワハラがあったことが明らかになったというものだ。



このケースでは、男性が亡くなる2カ月前に、問題の課長2人の名前をあげて「社員を追い詰めている」「場所を問わず部下を大声で怒鳴りつけている」などとする匿名の情報が法務部に寄せられていた。



しかし、このとき調査を担当した支店の担当者は、対象になった課長2人への面談のほか、事業所の別の課長に電話でヒアリングしただけだった。部下からの聞き取りをしないまま、パワハラは確認できなかったと報告し、支店長、本店コンプライアンス推進課長、コンプライアンス推進部理事が順次承認している。



●加害者側への聞き取りは報復招くおそれ

企業側で人事・労務問題を扱う山中力介弁護士は佐川側の対応の問題について次のように語る。



「まず最初に部下から話を聞くべきだったのではないでしょうか。ハラスメントの通報では、まず被害者から話を聞き、その際に、加害者側にインタビューをすることについての了解を求めるのがセオリーです。いきなり加害者側にインタビューをした場合、加害者が、被害者が通報したのではないかと推測し、報復を招くリスクもあるためです」



男性が亡くなったのは、内部通報の2カ月後。男性の自殺を防げなかったどころか、拍車をかけてしまった可能性もある。



ただ、佐川の件では、この調査内容を上長が承認している。調査担当者個人の問題ではなく、社内の構造的な問題として捉えるべきだ。



そもそも、ハラスメントの通報への対応が難しいのも事実だという。通報者の秘密保持、報復リスクの排除を徹底すれば、加害者側への聞き取りは事実上不可能になり、事実関係が確認しづらくなるというジレンマがある。



「報復のリスクがあるため、基本的には被害者の了解がないと加害者へのインタビューはできません。了解がとれないなら、それ以上のパワハラ被害を防ぐため、内部通報がきっかけだと知られないように加害者か被害者を異動させるなどの対応が考えられます」



●パワハラ調査担当者の負担が大きすぎる

山中弁護士は、パワハラの相談窓口が機能不全を起こしやすい理由として、調査担当者の負担が大きすぎることがあると指摘する。



「そもそもパワハラの調査は、聞き取りの結果などからどのような事実があったかを認定し、それがパワハラに該当するかを判定するという難しい作業であり、パワハラと判断した場合には、同僚や上司ににらまれたり、恨まれたりすることがあるかもしれない。



そうすると、調査担当者としては、パワハラはなかったことにしてしまいたいという気持ちが働いてもおかしくはない。一方で、パワハラを見逃せば、佐川のように最悪の事態を招くこともある。調査担当者が一人で負うには責任が重すぎるのではないでしょうか」



しかも、2022年6月までに施行予定の改正公益通報者保護法では、公益通報の担当者に守秘義務が課され、違反すると刑事罰を受ける可能性が生じる。負担は増す一方だ。



そこで考えられるのが、第三者的な外部の弁護士を活用する方法だ。中立な立場にあるため、真実の発見という点でも有用だが、リスクヘッジというメリットもある。弁護士に調査させれば、「弁護士による調査結果である」と説明できることになり、調査担当者の負担が軽減される。



今回の佐川のケースでも、被害者が亡くなった後ではあるが、顧問とは別の法律事務所に調査が依頼されている。その調査結果は、「名ばかりの『第三者委員会』も多い中、評価できる」と被害者遺族の代理人弁護士も語る内容だった。



当然、弁護士に調査を頼むと費用負担も大きいため、会社の規模等によっては、調査は会社側でやるが、その方法についてアドバイスをもらうとか、会社の調査結果について助言を求めるといった方法も考えられる。



「パワハラは発生させないのが一番ですが、どんな組織でも発生することがあると考えるべきです。そのとき会社が対応を誤れば、パワハラを許容する会社なのだとみなされ、大きなレピュテーションリスクを抱えることになります。



経営者はパワハラがあると、加害者だけの問題にしてしまいがちですが、往々にして過大なノルマや内部通報体制の形骸化など、会社のカルチャーに問題があることも多い。これらの見直しも必要です」



【より詳しく】「ハラスメント内部通報で通報者が匿名扱いを希望する場合の実務対応」(https://www.businesslawyers.jp/practices/1378)




【取材協力弁護士】
山中 力介(やまなか・りきすけ)弁護士
牛島総合法律事務所パートナー。1999年弁護士登録。2006年南カリフォルニア大学ビジネススクール卒業(MBA)。退職勧奨、ハラスメント、内部通報、競業避止義務など、様々な労働問題について主として使用者側のアドバイザーとして対応。外資系企業を依頼者とする労働案件も多数担当している。

事務所名:牛島総合法律事務所
事務所URL:http://www.ushijima-law.gr.jp/