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『ダンダダン』は令和の『ゲゲゲの鬼太郎』か 時代を象徴する怪物漫画としての凄味

2021年11月15日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ダンダダン』は令和の『鬼太郎』か

 水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』(講談社)や藤田和日郎の『うしおととら』(小学館)など、妖怪や幽霊といった怪物を描いた漫画には傑作が多数あるが、現在、もっとも魅力的な怪物を描いている漫画は、龍幸伸の『ダンダダン』(集英社)ではないかと思う。


(参考:【画像】妖怪と出会ってしまった時の攻略法


 漫画アプリ「少年ジャンプ+」で配信されている本作は、宇宙人を信じているオカルトマニアの男子高校生・オカルンと、お婆ちゃんが霊媒師で超能力を持つ女子高生・綾瀬桃が主人公のオカルトアクション漫画。


 宇宙人は信じているが幽霊は信じていないオカルンと、幽霊は信じているが宇宙人は信じていない綾瀬は意見が衝突。お互いの主張を証明するために、オカルンは心霊スポットのトンネルへ、綾瀬はUFOスポットとなっている病院の廃墟へと向かうことになる。そこでオカルンは妖怪・ターボババアに遭遇し、綾瀬はセルポ星人たちと遭遇。それ以降、2人は次々と登場する幽霊と宇宙人に襲われることとなる……。


 以下、2巻までのネタバレあり


 第2巻では、オカルンに取り憑いたターボババアを祓うためにオカルンと綾瀬が奮闘する姿が描かれる。トンネルの地縛霊と融合したターボババアのテリトリーは綾瀬たちが暮らす“正能市”内。市外へ誘い出せば、ターボババアが弱体化すると知った2人は、夜中にトンネルに集まり、命がけの“鬼ごっこ”に挑戦することに。


 すぐさま、巨大なカニに変化したターボババアが猛スピードで2人を追いかけてくるのだが、見開きで描かれた巨大ガニのビジュアルが圧巻である。ストーリーもさることながら、何よりこの圧倒的な画が見たくて、ページをどんどんめくってしまう。


 2人はカニを温泉に引き込み動きを鈍らせ、一度は逃げ切るが、その後、ターボババアに操られた無数の人間たちと巨大ガニに追い回される。まさに、壮大なスケールの“鬼ごっこ”となるのだが、ケレン味のあるド派手なアクションで怪物とのバトルを見せる展開は、藤田和日郎の妖怪漫画を彷彿とさせる。


 だが、そのアプローチは藤田と龍幸伸で真逆だと言える。ペン先に感情を乗せて、荒々しいタッチで妖怪を描く藤田に対し、龍の見せ方は少し引いた目でストーリーを転がしていくスタイルとなっており、精密に書き込まれた背景描写によって、幽霊や宇宙人といった架空の怪物の実在感を浮き彫りにしていく。


 「巨大ガニとの追いかけっこ」という、言葉にするとバカバカしいお話を『ダンダダン』は徹底的にリアルに描こうとする。だからこそ、シリアスだが、どこか笑える。笑えるけど、めちゃくちゃ恐い。というオカルトアクションが成立するのだ。


 最終的にターボババアとの戦いは、電車の屋根に飛び移ったオカルンと綾瀬が市内から抜け出した直後に、綾瀬が超能力で攻撃することでなんとか撃破する。


 その後、綾瀬のお婆ちゃんから意外な真相が語られる。実はターボババアのいたトンネルは、綾瀬と同じくらいの年齢の女の子達が「乱暴にされてバラバラにされて捨てられた」連続少女殺人事件の現場だった。つまり、地縛霊は女子高生たちの幽霊の集合体だったのだ。


 除霊されたことで最後の最後に元の姿に戻った女子高生たちがはかなく消えていく姿には物悲しいものがあり、先程までの追いかけっことの落差が極端だ。激しいアクションシーンを駆使して笑いと恐怖と切なさを横断する『ダンダダン』を読んでいると感情が激しく揺さぶられる。まるで感情のジェットコースターに乗せられているかのようだ。 


 精密な背景描写によって物語を駆動する手法は、日常パートでも健在だ。第9話では、学校の中でオカルンと綾瀬が中々出会えずにすれ違う姿が描かれるのだが、気の強いギャルとオカルトマニアの内気な少年という接点のなかった2人が、一つのミッションをやり遂げたことで心の距離が縮まり、少しずつお互いを意識するようになっていく心の機微が、びっしりと描き込まれた廊下や教室といった学校のディテールと共に伝わってくる。


 宇宙人と幽霊が同時に出現する荒唐無稽な学園ラブコメ&オカルトアクションバトル漫画という、なんでもありの作品だからこそ、背景の密度を高めることで地に足のついた実在感を作者は必要としているのだろう。


 その後、2巻の後半は新エピソードとなり、綾瀬をライバル視する謎の少女・愛羅が登場する。愛羅には、自らを「おかあさん」と言う怪物・アクロバティックさらさらが取り憑いており、オカルンと綾瀬が彼女と戦う決意をしたところで次巻へと続く。


 “アクロバティックさらさら”もターボババアと同じく名前はユーモラスだが、不気味な異物感を醸し出しており、デザインも決まっている。まだ2巻なので登場数は少ないが、今後、宇宙人や妖怪の数が増えていけば、かつて水木しげるの漫画がそうだったように、優れた怪物図鑑として『ダンダダン』は残っていくかもしれない。何が起きるかわからない令和を象徴する怪物漫画である。


(文=成馬零一)