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連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2021年10月のベスト国内ミステリ小説

2021年11月14日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。


 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。


 そろそろ年末ランキングが発表になる時分ですね。しかしそれにはまったく忖度せず、自分の好みだけで本を選んでいきたいと思いますよ。2021年10月刊行分からわれわれがお薦めしたい本はこちらです。(杉江松恋)


(参考:【画像】書影にも注目


■野村ななみの1冊:『大鞠家殺人事件』芦辺拓(東京創元社)


 大阪船場の豪商・大鞠家では、明治末期に長男がパノラマ館にて失踪。戦争の影が忍び寄る昭和前期には、不可解な事件が次々と発生した。謎を縁取るのは隠居のお家はん、御寮人、番頭に丁稚、嬢さんといった魅力的かつ一癖ある大鞠一族と、船場で生きる人々だ。伝統的なお屋敷の世界で生きるそれぞれの想いは複雑に縺れ、絡み、やがて連続殺人に行き着く。


 点と点、記憶と記憶が繋がっていく語りにより徐々に明らかとなる真相を前に、パズルが完成した時に似た快感と一抹の切なさを覚えた。極上の本格ミステリを、秋の夜長にオススメしたい。


■藤田香織の1冊:『あさひは失敗しない』真下みこと(講談社)


 「大丈夫。あさひは失敗しないから」と、母に言われて育った女子大生が主人公という時点で、もうイヤな予感しかしなかった。「失敗しないから」は自分で唱えれば呪文だけど、親に言われ続ければ呪縛でしかない。躓かないように、転ばぬように、娘の手を引き背を押してきた母。浮かないように、はみ出さぬように、母を裏切ることなく生きてきた娘。


 昨年メフィスト賞を受賞しデビューした著者の第2作は、ありがちな母娘関係も陥りがちな友人関係も、えげつないほどの鮮度で描き出す。イヤミスのようでいて、じわっと切なくやるせない。注目!


■千街晶之の1冊:『大鞠家殺人事件』芦辺拓(東京創元社)


 世の中には「他の作家でも書ける小説」と「その作家にしか絶対書けない小説」とがある。『大鞠家殺人事件』は後者の極北だ。


 敗戦直前、大阪は船場の商家の一族を襲う異常な連続殺人事件。その謎解きの構図もさることながら、今では廃れた当時の船場言葉を駆使して再現された世相と、主人一家と奉公人の厳格なヒエラルキーから成る商家のありようを、芦辺拓ほどに描ける作家がいるだろうか。今まさに政治的な意味でも注目が集まり、「大阪」とは何かを読み解くことが必要とされている状況下、本書はその手掛かりとしても読めるだろう。


■酒井貞道の1冊:『怖ガラセ屋サン』澤村伊智(幻冬舎)


 依頼を受けた怖ガラセ屋サンに、標的となった登場人物が恐怖を与えられる、7話収録の連作短篇集である。


 彼女の手口自体は現実的であり、その限りでは完全にミステリの範疇にある。意識や認識の間隙を突いてくる嫌らしい手法(褒めてます)が多用され、標的どころか読者の現実認識をすら揺さぶってくる。怖い。しかも、話を重ねるにつれ、怖ガラセ屋サンは徐々に存在が曖昧となり、不気味な都市伝説と化していく。ミステリの領域で安穏とお話を楽しんでいたはずが、気が付いたらホラーに囚われたかのような感覚が味わえる。怖い。


■若林踏の1冊:『救国ゲーム』結城真一郎(新潮社)


 “奇蹟”の集落と呼ばれる奥霜里へと向かう道で発見された、元経産官僚の首なし死体。動画で殺人を告白した人物《パトリシア》は、ドローンによる地方都市への無差別攻撃を予告する。テロを阻止するべく立ち上がったのは、“死神”の異名を持つ官僚・雨宮雫だった。


 名探偵と犯人の火花散る対決に、過疎化という国家規模の問題を絡めたスケールの大きい謎解き小説である。ハウダニットの要素が濃い本作でも特に注目なのが、ドローンを巡る緻密極まる推理だ。鮎川哲也のアリバイ崩しものが大好物のひとには堪らない展開が待っているぞ。


■杉江松恋の1冊:『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎(朝日新聞出版)


 作中で中学生が小説を書いていて、そこに出てくるのがネコジゴハンターの二人という設定でもう魂を鷲掴みにされたわけだ。何その設定、と思われた方のために書いておくと過去に猫虐待動画をアップし続けたやつがいて、その支援者を捕まえてお仕置きして回っているのである。作者じゃなくて「いいね」していた連中というのがいいね。


 2人が典型的な喜劇映画のコンビで好きな人は絶対『ブルース・ブラザース』を思い出すはず。ああ、ベルーシ。あと、伊坂幸太郎が過去に使ったことがない技巧にも挑戦していてびっくりさせられます。


 ついに意見の一致が。2人だけど。それだけ作品に力があったということなんでしょうね。それ以外はやはりばらばらのばら。星の数ほど刊行されるミステリーを来月もばらばらにお薦めしていきますよ。


(構成=杉江松恋)