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伝説的少女大河小説『流血女神伝』のコミカライズは理想的? 須賀しのぶが伝える普遍的なメッセージ

2021年11月14日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『流血女神伝 ~帝国の娘~』

※ 本稿には『流血女神伝 ~帝国の娘~』の内容について触れている箇所がございます。同作を未読の方はご注意ください。


 須賀しのぶの伝説的な少女大河小説『流血女神伝』のコミカライズが、令和の今、始動する――。シリーズの完結から15年近く経た今年春、突如発表された予想外の報がにわかに注目を集めた。


 コミカライズの作画を担当するのは窪中章乃。小学館が運営する漫画アプリ「サンデーうぇぶり」と、雑誌「月刊サンデーGX」で『流血女神伝 ~帝国の娘~』がスタートし、連載は現在も進行中だ。10月には、須賀による書き下ろしショートストーリー「幸せな皇子」が収録された第1巻も発売となった。


関連:「帝国の娘」表紙画像


■まさに理想的なコミカライズ


 集英社のコバルト文庫からデビューした須賀しのぶは、のちに一般文芸に軸足を移し、『革命前夜』で第18回大藪春彦賞、『芙蓉千里』で第12回センス・オブ・ジェンダー賞大賞を受賞し、『また、桜の国で』で第156回直木賞にノミネートされるなど、幅広い活躍をみせる作家だ。そんな彼女の少女小説期を代表する不朽の名作こそが、1999年から2007年にかけて刊行された、全27巻(外伝・番外編含む)の『流血女神伝』である。


 主人公は、14歳の少女カリエ。大帝国・ルトヴィアの山奥で猟師の娘として暮らすカリエは、ある日突然現れたエディアルドと名乗る貴族風の男にさらわれ、病に臥せる第三皇子アルゼウスの身代わりを強いられる。カリエはアルゼウスと瓜二つの容貌をしており、彼の影武者となり、皇位継承争いに巻き込まれていくのだった……。


 『流血女神伝』は、苛酷な運命に翻弄されながらも屈せず抗い続ける少女の激動の人生を主軸にした、大河ファンタジー小説である。と同時に本作は、テナリシカ大陸という架空世界を舞台に、ルトヴィア帝国をはじめ各国の文化や宗教、そして動乱を描く壮大な歴史の物語であり、そこにはザカリア流血女神をめぐる原始的な神話も交差する。少女の成長譚の中に政治や宗教というモチーフも溶け込ませた、骨太なエンターテインメント小説なのだ。


 窪中章乃によるコミカライズ版『流血女神伝』は、この複雑な物語をわかりやすく、かつテンポよく漫画化している。画力も申し分なく、細かな箇所で時代にあわせた配慮もなされており、まさに理想的なコミカライズといえるだろう。


 『流血女神伝』の登場人物たちも、船戸明里のキャラクターデザインのイメージを損なうことなく造型されている。活発で表情豊かなカリエや、クールで無愛想な剣士エディアルド、病に冒されながらも聡明さを失わない皇子アルゼウス、隣国ユリ・スカナの第二王女で男装の麗人グラーシカ、胡散臭い美形の僧侶サルベーン、そしてアルゼウスの異母兄弟の皇子らが作中でいきいきと動き回る。


 窪中版のキャラクターでは、とりわけ主人公のカリエの姿が印象的である。この子ならば、次々と襲いかかる容赦のない状況に打ちのめされつつも、負けん気を発揮して抗い、必死に食らいついて生き延びていくだろう。そんな説得力を感じさせる、生命力に満ち溢れた人物造型がなんとも魅力的だ。


 作中でカリエはたびたび泣き顔を披露するが、その顔は美化されることなく描写されており、強いインパクトを残す。鼻水をたらしながら力いっぱい泣く姿は、どこまでまっすぐで無防備で、愛おしくなる。


 カリエの泣き顔といえば、第2話「何のために」の、ホットチョコレートをめぐる場面を紹介したい。カリエは両親の実の娘ではなく、だから自分は売られてしまったのかと、心の中で彼らを責め続けていた。だが思い出のホットチョコレートを口にしたことで、両親が自分を愛していたことを、そして彼らが命令に逆らえず彼女を手放したのであろうことに思い当たる。幼いカリエを慈しむ幸福な家族の姿や、感情が決壊して涙を流し続けるカリエの表情が秀逸で、コミカライズならではの醍醐味を感じた場面だった。


■ジェンダーにまつわる問いや、異文化との衝突を描き続けた


 須賀しのぶはまた、少女小説というフォーマットの中で、ジェンダーにまつわる問いや、異文化との衝突を描き続けた作家である。本作でとりわけこれを象徴するのが、グラーシカというキャラクターである。


 グラーシカは北方の強国ユリ・スカナの第二王女でありながら、ドレスではなく軍服を身にまとい、兵舎で親衛隊とともに暮らしている。彼女の望みは、国を継ぐ姉のために軍を率いることだった。


    ユリ・スカナには女の将軍がいるが、カリエが暮らすルトヴィア帝国では女が剣を手に取ることはない。周囲の貴族はユリ・スカナを野蛮な国とみなし、グラーシカを変人扱いする。だがカリエは、グラーシカとの出会いで、これまであたり前とみなしていたことに対して、疑問を抱くようになった。「グラーシカのような選択肢があるなんて考えてもみなかった。どうしてルトヴィアの女には、そして男にも選ぶ権利はないの?」


 カリエの目を見開かせることになるグラーシカは、気高く格好よいキャラクターとして造型されており、彼女の存在感は『流血女神伝』を読む楽しみのひとつでもある。コミカライズ版ではロングヘアになり、より一層麗しさが増した姿で登場する。


 須賀が少女小説に託しているのは、年齢や性別を超えた普遍的なメッセージである。角川文庫版の『帝国の娘』下巻のあとがきには、以下のような記述がある。


“「少女小説とは、夢です。ですが決して、甘くて都合のいい夢を見せるためだけの道具ではありません。少女に寄り添い、魅力的な光景を時に見せながら、大事な一歩を踏み出すために手を引いてくれるものだと私は思っています。だからこそ、大人が読んでもまったくかまわないのです。」”


 コミカライズで『流血女神伝』に初めて触れた人は、ぜひとも原作小説の「帝国の娘」上下巻にも挑戦してほしい。シリーズは「帝国の娘」から始まり、「砂の覇王」「暗き神の鎖」「喪の王女」と続いていく。「帝国の娘」で物語が一段落するが、ここはまだカリエの激動の人生の序章に過ぎない。できるだけ長くコミカライズが続くことを願いつつ、連載を応援していきたい。