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『最愛』松下洸平から溢れ出た大輝の苦しみ 未だ閉ざされるブラックボックス

2021年11月13日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『最愛』(c)TBS

 金曜ドラマ『最愛』(TBS系)では、場面転換時にブラックボックスのモチーフが登場する。開きかけてパタリと固く閉じてしまう黒い箱。それは、梨央(吉高由里子)が秘密にしておきたい過去とも、弟の優(高橋文哉)が思い出したくない真相とも、大輝(松下洸平)がいまでは表に出すことのできない愛情とも見える。


 届きそうで届かない真実を前に、次々と紐解かれる記憶と見つかっていく記録。第5話では、人の記憶のあやふやさを正す記録さえも、また記憶を混乱させるものになるうるのだという脆さを浮き彫りにしていく。


 優は、渡辺康介(朝井大智)を刺したことも、父親の昭(酒向芳)の首を締めて池に突き落としたことも覚えていないが、自分でも認めざるを得ない映像がしっかりと残されていた。だが、いずれも絶命するところまで映っているわけではない。


 梨央もそして私たち視聴者にも「本当は別の真犯人がいるのでは?」という淡い期待を抱かせる。きっと動画を何度も見返し、事件現場に足を運んでいた加瀬(井浦新)も、その映っていないまだブラックボックスの中にあるものを見つけ出そうとしていたのではないだろうか。


【写真】「助けて」に「了解」 梨央(吉高由里子)の頼れる存在・加瀬(井浦新)


 まだ優の罪を認めたくない梨央は、自首を覚悟する優を引き止め、一緒に故郷の白川郷へと行こうと誘う。それは忌まわしい記憶によって引き裂かれた姉弟の束の間の逃避行。もうすっかり梨央の背を抜かすほどの長身になった優が、高速バスの車内ではそっと梨央の肩にもたれかかる。それは梨央が優を東京に連れて行こうとして肩を抱き寄せたあの日を思い出させ、まるで優の夢のなかに出てくる姉の視線の高さを噛みしめるかのように見えた。


 それは、二度と戻らないと覚悟していた最愛の時間。そして長い間、大きな秘密を2人だけで抱えてきた姉弟は、父・達雄(光石研)が最期にどんな気持ちで過ごしていたのかと古いパソコンを立ち上げる。それは、梨央、優、大輝のブラックボックスをこじ開けるのに十分なキーだった。


 遺されていたビデオメッセージを再生すると、15年前の事件で達雄が康介を殺めて埋めたのだと語る達雄の姿が。優が撮った携帯電話のムービーでは、確かに優が康介を刺したことが記録されていた。しかし、新たな記録によって刺したのは達雄だと上書きされそうになる。記憶と記録の間で混乱する優を、黙って見ていられなかったのは刑事として後を追ってきた大輝だった。


 それは相棒である桑田(佐久間由衣)から見れば、捜査に支障をきたすほどの感情の入りっぷり。しかし、自分の知らない間に大好きだった梨央が乱暴されそうだったということ、良くしてくれた寮夫の達雄がその罪をすべてかぶる形で亡くなったこと、そして誰よりも力になりたいと思っていた優が今壊れそうになっていること。そのすべてを冷静に見つめられるほど、大輝はこの仕事に「向いている」わけではない。


 閉じ込めきれない朝宮家への愛情が溢れ出す大輝の眼差しは強く、視聴者の胸を締め付ける苦しく切ないシーンだった。しかし、この2人に寄り添いすぎる行動は桑田によって上司に報告されてしまう。刑事としての職務を全うすることが、2人を救うことになると信じて奮い立たせてきた大輝だが、事件の捜査から外されてしまいやしないかとハラハラする。


 一方、ハラハラするといえば、同時進行で新たな事件が勃発していたこと。真田グループの闇を執拗に追いかけるフリーライターの橘しおり(田中みな実)がペーパーカンパニーの実態を探ろうとしていたところを拉致されてしまう。車のトランクに入れられ運ばれた先で、しおりを待っていたのは、真田ウェルネス・専務の後藤(及川光博)という緊迫した展開が待っていた。


 これまで『最愛』では謎が多く存在するものの、それぞれの登場人物の最愛のものはよく見える流れになっていた。不敵な笑みを浮かべる後藤でさえ真田グループを愛し、願わくば自ら社長の地位に就きたいという狙いが見える。しかし、このしおりについては何を目的に、つまりは何を最愛のものとして動いているのかがまだ見えていないのだ。


 だが、彼女の記録は「青森県弘前市出身、実家は旅館。地元の高校を卒業後、上京し法都大学に入学。卒業後は産教新聞に入社。経済部の記者として2015年に記者クラブを受賞。4年前に退社してフリーランスに転向」と情報屋として優が突き止めている。


 そして、ひとつ気になることとして「2006年9月~2007年8月まで1年間休学」しており、そのころに両親も離婚しているという点も。すべての始まりとも言えるあの15年前の事件が起こったのも、2006年9月のことだったが……。このドラマは紐解かれる記録から、閉じ込められた人々の記憶が溢れ出す物語。まだまだ閉ざされたブラックボックスがありそうだ。


(佐藤結衣)