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映画監督・ふくだももこが語る、小説『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』の衝撃 「宝物みたい」

2021年11月12日 12:11  リアルサウンド

リアルサウンド

ふくだももこが語る、宝物みたいな小説

 11月19日、自身の監督作品『ずっと独身でいるつもり?』が公開される映画監督・脚本家のふくだももこは、小説も執筆し、すばる文学賞佳作を受賞している。多彩な活動を見せるふくだが、熱をあげている小説家がいると聞き直撃した。


 その作家は大前粟生。短編小説『彼女をバスタブにいれて燃やす』でデビューした大前は、『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(河出書房新社)、『おもろい以外いらんねん』(同)など話題作を立て続けに発表し、純文学の世界に新しい風を起こしている。なぜふくだは大前の作品に惹かれているのか、気鋭の創作者として注目される2人に共通点はあるのか、じっくり聞いた。


(参考:『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』著者・大前粟生が語る、男性にとってのフェミニズム


■今までに誰も書いてこなかったこと


ーー大前さんの作品とはどうやって出会ったのですか?


ふくだ:友人がSNSに大前さんの作品に対する感想をあげているのを見ていて、「いい作家さんなんやな」とぼんやり認識していました。ある日書店に行った時に『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』(以下、『ぬいしゃべ』)の表紙に描かれたぬいぐるみと目があって!一緒にいた漫画家のおくやまゆかさんに「この小説気になってるんですよ~」と言ったら、おくやまさんが「私、持ってるよ!」と! そしてなんと「先に読んでいいよ」と、貸してくださったんです。


ーー偶然が重なった出会いだったんですね。ふくださんは読書後の感想としてSNSに「宝物みたいな小説」と書き込まれていましたね。


ふくだ:読み始めから、これは今までに誰も書いてこなかったことだと分かったし、この言い方もバイアスがかかってしまうけれど、男性の作家が男性の加害性と向き合った『ぬいしゃべ』を書いて、それが本になって発売されているということに、ものすごい希望を感じました。男性の作家自身が男性性や特権性、マッチョイズムに気づいて向き合う機会は少ないのではと思っていたのですが、それに気づいて、かつ表現にまで昇華させてる人が世の中にすでにいるんやって。それが本当に嬉しかったし、だからこそ「宝物みたいな小説」と書き込みました。それと、読んだときにちょうど妊娠中で、お腹の子どもの性別がどうやら男の子らしいということがわかって、男性性について考えていた時期でもありました。


ーーどういったことを考えていたのですか?


ふくだ:彼が今後男の子として育っていくかはわからないけれど……ひとまず男の子として生まれてくるとわかった時に、嫌な言い方になりますが、彼は人生の中で、事件やハラスメントの被害者にももちろんなり得るけれど、それ以上に、誰かにとって“加害者”になる可能性があるということを感じて、それが怖かった。人を傷つける事件や性加害をする側は圧倒的に男性が多いという現実がある以上、彼が加害者にならないためには、親としてどういうことを伝えていけばいいのだろうと考えていました。そんなタイミングで『ぬいしゃべ』を読んで、主人公の七森のように、優しくて傷ついて、それでも“考え続けてくれる”子になってくれたらいいなと思いました。


■小説の素晴らしいと思う部分は……


ーー七森は、痴漢に遭ったショックから学校に行けなくなってしまった麦戸ちゃんの話を聞きながら、「男性だからこそ」苦しむキャラクターですね。


ふくだ:そうですそうです。加害者と同じ男性だから、慰めることができないと悩むんです。周囲の男性にも勧めて『ぬいしゃべ』を読んでもらったのですが、そのうちの一人は自分がまさに男性性に向き合って、今までたくさんの人を傷つけていたのでは、と罪悪感を感じている最中だったから、すごく苦しかったと感想を伝えてくれました。


ーー私の男性の友人は「自分たちが考えていて苦しかったホモソーシャルな関係が言葉にされていてよかった」と伝えてくれました。男性でも読む時の心境によって読み方が変わるかもしれませんね。


ふくだ:そうですね。その時考えているモヤモヤした気持ちが的確に言語化されていて、自分の気持ちはこの言葉が当てはまるのか! と気づくことができるところが、小説の素晴らしいと思う部分です。『ぬいしゃべ』によって、「感じていた気持ち悪さはこれやったんや」とか、「これでよかったんだ」って思っている人はたくさんいると思います。


ーーふくださんが、特に好きな箇所はありますか?


ふくだ:私は、とにかく終わりの一文で涙が出ました。『ぬいしゃべ』は語り手が誰か固定されていなくて、七森が語り手なんかなって読み進めていると、麦戸ちゃんの気持ちがドスンと入ってきたり。かと思ったら、白城が急に出てきたり。実は複雑な構成で、そんなところも好きです。


ーー主役の七森と麦戸ちゃんだけではなく、白城も良いキャラクターですよね。


ふくだ:めちゃいいです。七森と麦戸ちゃんには白城がいてくれるから大丈夫だと思えるし、白城も白城でちょっとやけど物語の中で変わっている。その変わり具合がちょうど良くて。人が変わる様子が、じっくりゆっくり描かれているところもいい。


■もっと長編で読みたい『おもろい以外』


ーーわかります。大前さんの小説は「やさしさ」というのがキーワードにされることが多いですよね。『ぬいしゃべ』の次に出した『おもろい以外いらんねん』(以下『おもろい以外』)も話題になりましたが、こちらの帯にも「やさしさの革命」と書かれています。


ふくだ:個人的には、「やさしさの革命」はあくまでも『ぬいしゃべ』の方やと思うんです。大前さんが『おもろい以外』で描いているのは、これまで当たり前に流されてきた男性達同士の関係の息苦しさだと思うので、「やさしさ」という言葉ではまとめ過ぎているのではと。


ーー『おもろい以外』は人の外見やキャラクターを“いじって”笑いにすることへの違和感と向き合って描かれた作品ですよね。ちょうどお笑い第七世代、傷つけないお笑いという言葉が流行したタイミングで発表されたこともあって、話題になりました。ふくださんはどのように読まれましたか?


ふくだ:『おもろい以外いらんねん』というタイトルも完璧やし、人物設定も完璧やし、めちゃくちゃ面白かったんですけど、このまま小説が進んだら世の中変わるぞ……と期待したところで終わってしまって、もっと長編で読ませて!と思いました。この例え出されるのめっちゃ嫌やろうと思うんですけど、又吉(直樹)さんの『火花』のように彼らが”どうなっていくか”まで書いてほしいなと思ってしまったんですよ。


ーーどうなっていくか、ですか。


ふくだ:例えば『火花』で先輩芸人の神谷が手術で自分の体におっぱいをつけて、おっぱいを出すというギャグをしたときに、主人公の徳永が「それがおもろいっていうのは神谷さん間違ってます」って説くシーンがあって「そのギャグを、体と心の性が一致してなくて悩んでる人が見たら、どう思うと思いますか」って問い詰めるんですね。又吉さんの小説は、お笑い芸人をきちんと書ききろうとしていたように思います。もちろん、『おもろい以外』の方がテーマも革新的だし、お笑い芸人ではない小説家が書いたものだから違うものではありますが、やっぱり、その先、問い詰めた先の新しい動きがみたいですね。


■“傷つけるかもしれない”根は根こそぎとる


ーーふくださんは創作活動のなかで、「傷つけないこと」や「やさしさ」を意識されますか。


ふくだ:監督や著者という立場なので、どうしたって自分の責任になるし、意識的にそこまでやるべきやと思ってます。配慮というか、“傷つけるかもしれない”根は、根こそぎとるっていう作業をしまくって、しまくってしまくってから、外に出すべきとは思ってます。


ーー自己表現と配慮のバランスは難しいのではないかと想像するのですが、表現する上で窮屈に感じてしまうことはないですか?


ふくだ:それはないです。でも学生の時に撮った映画とか、今だったら絶対撮らないですが、あの時私にはあれを撮ることが必要やったと思うことはあります。それに、まだまだ配慮できてない時、いっぱいありますね。


ーーちなみに、“根こそぎとる作業”とは具体的にどういうことをやられていますか? そのほかに気をつけていることなどもあれば教えてください。


ふくだ:全部のト書き、全部のセリフに対して「これを言った時にどういう人が傷つく可能性があるのか」を考えるようにしています。これがやさしさなのかはわからないですが、自分の作品でお客さんに傷ついてほしくないという気持ちからですね。たとえば犯罪者のキャラクターがいたとして、できるだけ一面的にさせないようにしてたり、話を盛り上げるためだけにキャラクターに喧嘩をさせるとかもできるだけしないってことも意識しています。それって展開も早くなって一番簡単で、本音も語ってくれるから作者としては楽なんですけど。


ーー小説だとキャラクターの心理状態や多面性が分かりやすいですが、映画だと難しそうですね。


ふくだ:難しいです。最新作の『ずっと独身でいるつもり?』にも、子育て夫婦の夫で、一見すると育児に関わってるように見えるんだけど、おむつ替えは妻にやらせる……とか、そういうキャラクターがいたんです。その役の俳優さんが本読みの時に、「まったく家庭に興味がない」というような芝居をしてはったんです。そういうキャラクターを、ディスるために生み出すことは簡単にできるし、ただそういう人物ですと演出することも簡単なんですけど、私は俳優さんに「彼は彼で男社会に生きている人で、妻のこと、家庭のことを鑑みる余裕がないと思っていてほしい」と伝えました。俳優さんはわかってくれて、芝居も全然変わりました。本当にちょっとしか出てこないキャラクターだけど、そういうディスカッション、作業をするかしないかだと思います。


■次世代へのバトンのような想い


ーー最近は女性の監督の活躍もどんどんと増えてきて、その第一線で活躍されているふくださんの姿を頼もしく見ています。


ふくだ:最近は自分が頑張ることで、次の世代の子が理不尽な思いや、不当な扱いをされることが減るといいなって思ってます。


ーー大前さんも絵本制作などにも取り組まれていて、そういう次の世代へのバトンのような想いがあるように感じます。


ふくだ:大前さんの作品は、小説やのに突然「七森は超嬉しい」とか書いていたりとか、ネットやSNSに触れてきた子たちなら若い子でもかなり読みやすいと思います。余談ですが、私も大前さんが主に活躍している「文藝」に作品を寄せた時、今っぽい言葉というか、飛び跳ねた言葉を使ってもいいかなって、ちょっと挑戦的に使ってみたけど全く直されなかったんです。そういう柔軟なところが今「文藝」が注目される所以かなと思いました。大前さんが出してはる絵本『ハルにははねがはえてるから』と短編集『岩とからあげをまちがえる』は、子どもが少し大きくなったら絶対に一緒に読みたい。その時間が、また私にとっての宝物になると思います。


(取材・文=河野瑠璃)