2021年11月12日 10:01 リアルサウンド
ポンコツAIと超優秀なAIだったらどちらを選ぶ? そんな疑問に答えをくれそうな物語をふたつ紹介しよう。吉浦康裕監督のアニメ映画を小説にした乙野四方字『アイの歌声を聴かせて』と、電撃小説大賞で大賞となった菊石まれほ《ユア・フォルマ》シリーズだ。
(参考:【画像】『アイの歌声を聴かせて』小説版)
「サトミ! 今、幸せ?」。クラスに転校してきてシオンと名乗った美少女にいきなりそう話しかけられ、「私が幸せにしてあげる」と昔のアニメ映画で使われた曲を歌われたサトミ。その心情はきっと、恥ずかしさでいっぱいだったに違いない。映画『アイの歌声を聴かせて』の冒頭で繰り広げられるそんなシーンでは、観ている方もサトミの心情に共感して恥ずかしさに身もだえしてしまう。
サトミはシオンが実はAIで、近くにあるハイテク企業に勤務している母親が作ったものだと知っている。人間にAIだとバレないまま、数日間を人間といっしょに過ごせるかという実験のために送り込まれて来たシオンが、人間離れした言動を見せたことに焦っているサトミの心情に、これまた共感を覚えて居たたまれなさに苛まれてしまうのだ。
小説も同じだ。むしろ小説の方が、映画の冒頭部分が省かれている分、シオンのポンコツぶりをいきなりぶつけられて、ハラハラとした心境に引きずり込まれてしまう。そして、以後も繰り出されるシオンによる数々の奇行に胃をギュッと締め付けられる気分を味わうのだ。
ポンコツはやっぱりポンコツなのか。そう思わせておいて物語は、シオンのストレートな物言いが、喧嘩していたカップルを仲直りさせ、勝てなかった柔道部員に初白星をもたらし喜ばせ、人間の役に立っていることを見せていく。誰もいなかったサトミの周囲にだんだんと仲間が増えていき、当初の居たたまれなさも消えて物語に身を委ねていけるようになる。
浮かぶのが、シオンは本当にポンコツだったのか、という問いだ。災いが転じて福となっただけなのか、それとも別に目的があったのか。人間と同化することだったら、サトミを見つけるなり「今、幸せ?」とは聞かないし、「幸せにしてあげる」と言ってサトミが好きだった歌も唄わない。
シオンはどこから来たのか、何によって動いているのか。それを知った後では、シオンはポンコツではなく極めて優秀なAIなのかもと思えてくる。命令に忠実で目的のために突っ走るAI。そんなシオンの一途さが、結果としてシオンの回りにいる人たちも幸せにした。
そのことに気付いた時にはもう、この『アイの歌声を聴かせて』という物語も、シオンという存在も大好きになって、エンディングまで付き合っていける。小説ならラストに添えられた、シオンの”その後”の振る舞いも……。それが何かは読んでのお楽しみということで。
ポンコツに見えて実は優秀かもしれないシオンに対して、『ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒』から始まる《ユア・フォルマ》シリーズに登場するAIは、初っ端からとてつもない優秀さをカマしてくる。
脳に電子の糸を張り巡らせることで、人類は身心を管理できるようになり、外部ネットワークとの接続も可能になった未来が舞台。脳の糸に潜って犯罪の記憶を探るインターポール所属の電索官・エチカに新しくあてがわれたハロルドという名の相棒は、エチカと会うなり、彼女が飛行機の機内で観てきた映画は何かを言い当てる。
ハロルドはアミクスと呼ばれるAIで、以後もホームズばりの観察力とAIならではの記憶力で、エチカの捜査を助けて事件を解決へと導いていく。11月10日発売の最新刊『ユア・フォルマIII 電索官エチカと群衆の見た夢』でも、ハロルドの推理がインターポールの情報を漏洩し、襲撃させようと企んだ犯罪を暴く。SF仕立てのミステリとして楽しめるシリーズだ。
超イケメンで超優秀なハロルドに惹かれたエチカとの、人種どころか存在を超えたラブストーリーにもキュンとさせられる。恋情を抜いても、ポンコツのシオンと比べたら相棒にハロルドを選びたくなるのが普通だが、そんな彼に怖さを感じてしまうところがあるから厄介だ。
SF作家のアイザック・アシモフが提唱した「ロボット三原則」に倣うように、ハロルドたちアミクスには、人間を傷つけてはいけないという規律が搭載されている。ところがハロルドは、恩人だった刑事を殺害した犯人を見つけたいという目的のために、相棒のエチカを囮に使って危険にさらす。
どうしてそんなことができるのか。優秀なAIには優秀さ故の落とし穴があるのか。エチカが知ってしまったその理由が、シオンには感じない怖さをハロルドに抱かせる。最後までハロルドは人間の良き隣人で有り続けるのか、それとも……。行方が気になるシリーズだ。
(文=タニグチリウイチ)