吉野家の並盛がついに税込み400円を超えた。値上げにため息をつく人は多いだろう。「給料は増えずに税金だけが上がって、そのうえ、庶民の楽しみである牛丼まで……」と。1日数百円のランチ代をやりくりする人にとって、たとえ数十円とは言え、値上げは厳しい。
そんな時代でも「コスパ最強」の名にふさわしい弁当店が東京都新宿区早稲田にある。「早稲田の弁当屋」。通称・わせ弁だ。何をもってコスパというかは人それぞれだが、ここでは主に「ボリューム」を指す。とにかく腹がいっぱいになればそれでいいのだ。(取材・文:箕輪健伸)
そんなわせ弁を象徴する存在が、一番人気の「茄子カラ弁当」。上げ底していない弁当箱いっぱいにご飯が敷き詰められ、その上に、揚げ茄子と鳥の唐揚げを載せたもの。ふたが締まらないほどパンパンにごはんと具材が敷き詰められている。小食の女性であれば、1食で食べきるのが難しいほどのボリュームなのに、値段は400円。
とある早大生(20歳・男性)は「コロナ禍でバイトが減ってしまったため、昼に茄子カラ弁当を買って、昼と夜の2食にあててしのいでいます」と話していた。彼のようなケースは決して少なくないのだそうだ。
繰り返すが、山盛りごはんに揚げ物と揚げ物のセット。それが「一番人気」なのである。コンビニですら「ヘルシー」「低カロリー」商品が並ぶ昨今、その存在感はハンパない。
なお、彼が「お金に余裕のあるときだけ頼んでいます」という、ブルジョアメニューの「早稲田弁当」(550円)は、同じく大盛ご飯の上に、鳥のから揚げ、揚げ餃子、串カツ、茄子の揚げ浸しなどが載っている。「ガッツリ感」でさらに上を行くパワフル弁当だ。
どのメニューもボリューム満点で、価格帯は400円~500円程度。コンビニ弁当では物足りない健啖家でも、満足すること間違いなしである。
しかし、そんな最強のわせ弁でも、コンビニの普及やラーメン店の台頭、学生の嗜好の変化などもあり、その勢いは往時と比べると衰えている感じがあるという。
昭和60年代からわせ弁を利用する早大OBの男性(50代)は、「時代の流れも去ることながら、一番大きいのはわせ弁のすぐ近くに学生がいなくなったことでしょう」と話す。それはなぜか?
「すぐそばにあった第二学生会館が2002年に閉館になって以来、かなりの数の店がつぶれました。第二学生会館は、多くの部やサークルが入居していた建物で、授業には出ないけれど第二学生会館には行くという学生も少なくありませんでした。そんな学生たちの腹を満たしていたのが、わせ弁をはじめとした弁当店や飲食店です」
「第二学生会館の閉館に伴って、サークルの活動場所が早稲田キャンパスから戸山キャンパスに移ってしまったために、この辺りのお店が相次いで閉店してしまったんでしょう。この辺りは、他にもかなり多くの弁当店や飲食店がありました。青春の思い出の味であるわせ弁には、いつまでもこの地で頑張って欲しいですね。応援の意味もかねて、新宿に出てくるような用事があるたびに早稲田まで足を延ばして、わせ弁を買っています」
近くにあった第一学生会館や教室棟なども、ほぼ同時期にどんどん新しいビルに建て替えられていった。こうしたビルにあった部室…というか、昭和の空気を色濃く伝える薄暗い魔窟のようなたまり場が消えるのと同時に、なんとなく毎日を過ごす学生たちを引き止めていた強烈なパワーも界隈から失われていったのだろう。
移転後の学生会館も歩いて10分以内ではあるのだが、そこに至る道には幾多のコンビニ、飲食店、カフェテリアなどがあり、腹をすかせた早大生がそこまで我慢できるかどうかは疑問だ。
ここしばらくは、新型コロナの影響でかなり厳しい状況が続いていることは想像に難くない。しかし、元学生やタクシー運転手にも熱心なファンがいるわせ弁。今後も変わることなく、コスパ最強の弁当を提供し続けてくれることを願うばかりだ。