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2人のバス運転手が紡ぐ、バディ物語の新境地 『おかえり、南星バス』はどんな風景を見せてくれるか

2021年11月07日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『おかえり、南星バス(1)』

 これまで、刑事や弁護士などを筆頭に、様々な職業のバディ物語が描かれてきた。バディものは好きだが、そろそろ違う職業でも見てみたい……と思っていたときに、「そうきたか!」と新鮮さを覚えた作品がある。11月5日に1巻が発売された、まどさわ窓子によるコミック『おかえり、南星バス』(白泉社)だ。


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■相反する2人のバス運転手によるバディ物語


 『おかえり、南星バス』で描かれるのは、長距離バスのツーマン運転手によるバディもの。たしかに、バスの運転手は乗客の命を預かる緊張感のある職業だ。しかも、長距離を交代制で無事に運行させるというミッションには、否が応でも相方となる人物と向き合わなければならなくなる。バディを描くには、もってこいの状況と言えそうだ。


 もちろん、バディというのは最初から息の合った2人では面白くない。相反する性格で、決してわかり合えないと思われる思考回路から、徐々にその凸凹を埋め合うように近づいていくのが、バディものの醍醐味というもの。本作でも、太陽と月のような正反対のキャラクターが登場する。


 金髪で元ホスト、困っている人を見たら放っておけない強い正義感の持ち主である陣。対して、黒髪で冷静沈着、口数も少なく物事をきっちりと進めようとするマイペースな鳴瀬。周囲からも見ても「全然バディって感じしないけど、あの2人」と心配されるような組み合わせでのツーマンドライブ(2人運行)という名の物語がスタートするのだ。


■人助けはお節介なのか、誠実さを問う人情劇


 長距離バスの中は、まさに一期一会。乗客の行き先はわかっても、その目的まではわからない。そんな一瞬の出会いにおいても、人と人が関われば必ずドラマが生まれる。全体の迷惑をかえりみずに自分のわがままを貫こうとする中年女性がいれば、父親を探し求めて1人家出同然のようにバスに乗り込んだ小さな女の子もいる。なかには、現実と思い出の間を行き来しながら妹のもとへと向かおうとする高齢女性も……。


 もちろん、バスの運転手が担う使命は、乗客を目的地まで無事に、そして時間通りに送り届けること。会社としては、運転手に対して乗客1人ひとりの問題に首をツッコむことなく、マニュアルと規則通りに動いてもらいたいと願うもの。だが、それぞれの事情がチラリとでも垣間見えれば、機械による自動運転のようにはいかない。特に、人のことを放っておけない陣の性格ならなおさらだ。


 ときにはなりふりかまわずに誰かのために奔走する陣の振る舞いを、鳴瀬は「人助けとお節介を履き違えたらいつか誰かが傷つく」と懸念する。職務を超えて人と関わろうとすることは、もはや時代遅れのお節介なのだろうか。誰かを思って手を差し伸べることは、余計なお世話とされてしまうのだろうか。今の社会における「誠実さ」とは何かを、考えさせられる人情劇も本作の魅力だ。


 そうして紡がれる乗客たちとの関わりのなかで、陣と鳴瀬の本音が紐解かれていく流れが面白い。なぜ、陣がホストからバス運転手へと転向したのか、なぜ鳴瀬が人との関わりに慎重になるのか。その背景もこれから徐々に明かされていくのだと思うと、ページをめくる手がはやる。


■連載デビュー作という“初航海“を見守る楽しみも


 そんな本作ではバス運行のことを「航海」と呼ぶシーンがある。これは著者のまどさわ窓子が取材した際、実際にバス運転手から教えてもらった言葉だとTwitter(@madosawa)にて明かしている。人を運び、旅の無事を目指して出発するという意味では、舟もバスも同じ心持ちということなのだろう。


 切符を握りしめて、いざ航海へ。そのドキドキとした気持ちは、もしかしたら本作全体にも漂う気分にも共鳴しているかもしれない。本作は、まどさわ窓子先生にとって、初の連載作品となる。読み切り作品『クリスマスの夜に』で、白泉社のマンガ投稿サイト『マンガラボ!』の「マンガPark連載争奪コンテスト」でグランプリを獲得。見事、本作の連載をスタートさせたのだ。


 奇しくもなかなか旅ができないご時世に生まれた、バス運転手によるバディマンガ。陣と鳴瀬による旅物語は、読者にとって旅のワクワク感を追体験できる一面もあり、また作者のまどさわ窓子先生が踏み出した旅路を見守るという楽しみも含んでいる。この航海が、これからどんな景色を見せてくれるのか。そして、行き着く先で待っている世界がどのようなものなのか。じっくりと味わいながら読み進めていきたい。