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文芸評論家がミステリーファンにおすすめするファンタジー『聖女ヴィクトリアの考察』

2021年11月07日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

文芸評論家がミステリファンに贈る1冊

 いつものように書店をブラブラしていたら、平台に積まれていた、春間タツキの『聖女ヴィクトリアの考察 アウレスタ神殿物語』が目についた。帯に書かれた「第6回角川文庫キャラクター小説大賞〈奨励賞〉受賞作」と、タイトルの〝考察〟が気になったからである。そしてカバー袖を見たら、「『焦田シューマイ』名義で2020年『結婚初夜のデスループ ~脳筋令嬢は何度死んでもめげません~』にてデビュー」とあるではないか(以下『結婚初夜』と表記)。えっ、そうだったのか。これは買わねばならないと、大急ぎで購入。というのも『結婚初夜』が、ファンタジー世界を舞台にした、実に面白いループ・ミステリーだったからだ。


(参考:【画像】焦田シューマイ名義で出版された『結婚初夜のデスループ』


 『結婚初夜』は最初、ネットの小説サイトに掲載。商業出版をする際に大幅な加筆修正が行われ全2巻で完結した。主人公は、武人一族バルト家の令嬢のカトレアだ。なぜか高位貴族ヴラージュ公爵家の主人で、美貌のクリュセルドにプロポーズされ、慌ただしく結婚する。ある理由でクリュセルドと初夜を迎えることを拒否して、駄々をこねるカトレアだが、兄の手によって無理やり公爵の部屋に連れていかれる。ところがそこにクリュセルドの姿はなく、彼女は何者かに殺された。


 しかし気がつくと、駄々をこねる時点まで、時間が戻っている。自分がループしていることを理解し、訳が分からないままに、なんとか生き延びようとするカトレア。だが殺されなくても、朝になるとループする。何十回とループを繰り返しながら彼女は、事件の真相に迫っていくのだった。


 ループのたびに行動を変えることで、事実の断片が積みあがっていく。なるほど、ループを使った手掛かりの出し方が達者である。といってもカトレアは頭脳明晰ではなく脳筋だ。自分を殺した相手の正体を掴むために、望んで死地に突っ込み、何十回も殺される。この破天荒な行動が愉快痛快。さらに2巻まで含めて明らかになる真実は、意外なほどスケールが大きく、特殊設定ミステリーの面白さを堪能できた。


 その作者(ペンネームの変更は英断である)の新作だから、期待せずにはいられない。ワクワクしながら本を開いたら、『聖女ヴィクトリアの考察』もファンタジー世界を舞台にしたミステリーであった。


 物語は、アウレスタ神殿の第八聖女ヴィクトリア・マルカムが、主任聖女のオルタナから聖女位を剥奪される場面から始まる。5日間の懲罰房入りを経て、追放処分となることを宣言されたのだ。おお、ネット小説でよくある〝聖女追放〟物かと思ったら、追放される前に助けが現れた。エデルハイド帝国の騎士のアドラス・グレインだ。懲罰房からヴィクトリアを連れ出した彼は、自身が皇子ではないことを証明してくれと彼女に頼む。ある事情から皇子である可能性が持ち上がったが、アドラスにとっては迷惑なことだったのだ。


 霊魂や魔力現象を視るできることから〝物見の聖女〟といわれるヴィクトリアは依頼を受け、アドラスと彼の従士であるリコと共に、帝国に向かう。だがそれによりヴィクトリアは、帝位継承を巡る争いに巻き込まれるのだった。


 読んでいて驚いたのは、ストーリーの中盤でアドラスが、皇子かどうか判明してしまうことだ。だが、それにより物語が加速する。騒動の鍵を握っていたらしい人物が殺害され、その犯人としてアドラスが捕らえられた。そして、帝国議会議事堂で審議が開始。このクライマックスでヴィクトリアは、意外な真相を明らかにするのである。


 主人公は特殊な力を持つが、使い勝手はよくない。また、一連の事件の解決にも、ほとんど活用されない。この点に不満を覚える読者もいるだろうが、私は感心した。呪術のルールなど、ファンタジー世界ならではの設定も絡んでくるのだが、それをトリックではなく、伏線に使用しているのもセンスがいい。ファンタジー世界に幻惑されるが、ストーリーの本質は、幾つかの手掛かりからヴィクトリアが真相を推理する、本格ミステリーなのだ。だからファンタジーのファンだけでなく、ミステリーのファンにも本書を薦めたい。そして作者には、今後も独自のミステリー路線を開拓していくことを、期待しているのである。


(文=細谷正充)