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桑田佳祐が“キングオブポップ”であり続ける理由 最新エッセイから感じる身近さ

2021年11月02日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

桑田佳祐がキングオブポップであり続ける由縁

 サザンオールスターズの桑田佳祐によるエッセイ集『ポップス歌手の耐えられない軽さ』が、2021年10月8日に文藝春秋より発売された。


(参考:【写真】桑田佳祐


 桑田と言えば、昨年はサザンとして2度、今年に入ってからソロとして1度、無観客配信ライブを開催。特に昨年6月にサザンとして横浜アリーナから配信した無観客ライブはその後音楽シーンにおいてライブ配信が浸透していく大きなキッカケとなった。また23年振りの他アーティストへの楽曲提供で話題となった坂本冬美の『ブッタのように私は死んだ』や、民放5局が東京五輪が開催される社会を盛り上げるべく立ち上げた民放共同企画“一緒にやろう”の応援ソングとして選手だけでなく日本中にエールを届けた『SMILE~晴れ渡る空のように~』と、コロナ禍の中でもミュージシャンとしての存在感を遺憾なく発揮した。今秋はソロ4年振りの新作となる『ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し』をリリース。さらに全国ツアー『BIG MOUTH, NO GUTS!!』を開催。年末まで日本中を回りながら、リスナーに元気と勇気を届けている。


 そんな桑田によるエッセイ集『ポップス歌手の耐えられない軽さ』は、2020年初頭より「週刊文春」で連載してきたエッセイに大幅に加筆修正を加え纏めた1冊。「頭もアソコも元気なうちに、言いたいことを言っておきたい!」という、桑田らしい茶目っ気にあふれたコンセプトが掲げられた全66編のエッセイが収録されている。本稿ではこのエッセイの魅力に迫りたい。


 まず驚かされるのが、66編あるうちの大多数、殆ど全てのエッセイになんらかの形で音楽についての言及がなされている点だ。とりわけ印象的なのが桑田の憧れのミュージシャンたち、邦楽ならばザ・ピーナッツや加山雄三、尾崎紀世彦に筒美京平。洋楽ならばThe Beatles、ビーチ・ボーイズ、T・レックス…桑田の音楽性にも多大なる影響を与えてきたスターの名前が幾度となく飛び出すことだ。そしてその内容も、歌謡曲や洋楽ロックなど、桑田の敬愛する音楽ジャンルや上述したミュージシャンたちへの愛や憧れ、情熱に満ちたものばかり。また、音楽に留まらず、エンタテイメント全般への愛情も伺える。アントニオ猪木や松田優作、沢口靖子と、ジャンルに囚われない桑田の愛するエンタメへの想いや評価が様々な切り口で語られる。


 社会情勢に対する桑田佳祐ならではの視点や切り口もこのエッセイの魅力だ。近年のITの発達や異常気象について憂う言葉は、桑田の楽曲、例えばサザンの「爆笑アイランド」やソロの「現代人諸君(イマジン オール ザ ピープル)!!」といった楽曲とも通じるものを感じさせる。桑田が社会と共に生きる一市民として感じた違和感や痛み、問題意識を言葉にしつつも、それでも大切なのは希望を絶やさないことだと説く文章は、コロナ禍を経た読み手に深く刺さるメッセージとなっている。


 旅行や食事など、桑田のプライベートな描写が描かれたエッセイも収録されている。桑田の純度の濃い私的なエピソードはファンならずとも注目だろう。特にドラマ『孤独のグルメ』からインスピレーションを受けたと思われる、桑田が「ひとり焼肉」をする様を書いたエッセイは思わずこちらも焼肉を食べたくなってしまい、読んでいるだけでよだれが出そうな小編となっているのでぜひ注目してほしい。


 桑田佳祐らしい表現の数々も魅力的だ。例えば、「犯罪」と書いて「ダメ」とルビを振る、桑田の歌詞を想起させる言葉の使い方には思わずニヤリとしてしまう。ノリツッコミやギャグを盛り込んだチャーミングな表現からは、まるで桑田と場末のスナックで飲み交わしているような身近さを覚える。


 また、桑田のルーツに迫るエッセイにも注目だ。前述した通り音楽はもちろんのこと、家族や地元茅ヶ崎、なによりもバンドメンバーへの想いを赤裸々に表出した言葉の数々。総じて普段桑田が主戦場としているライブステージや音楽番組、ラジオでは見ることのできない姿だ。自身の学生時代を振り返り、音楽を武器にモテようとしていたと想いを馳せる姿からは、桑田が今もなお失恋ソングを歌い続ける理由も見えてくる。エッセイから滲む良い意味でのミーハー心や才能のある者への桑田の嫉妬心は、彼がいつまでも好奇心を持って音楽に挑んでいる表れだ。


 このように、本書は、普段は見ることのできない桑田のひととなりが、普段の彼の表現方法とは異なる「文章」を通してじっくりと見えてくるエッセイとなっているのだ。


 そして、これは桑田佳祐の音楽観が色濃く反映されたエッセイ集だ。10年前に東日本大震災の復興支援ライブとして桑田が開催した「宮城ライブ」以降、彼が信条としている「悲しさや苦痛があっての音楽」「音楽があればどうにかなる」という感覚が、音楽をテーマとしたエッセイを通して詰め込まれているのではないだろうか。桑田がほぼすべての項で音楽やエンタテイメントに触れているのは、希望を持ちにくかったコロナ禍の中で、音楽があればどうにかなると彼が信じているからこそ。この2年間の桑田の活動と併せてこのエッセイを読むと、彼の音楽観がより真に迫ってくる。桑田がコロナ禍の中、常に音楽を軸にエッセイを連載し続けてきたのは、もしかすると「音楽は不要不急」だと音楽業界全体が後ろ指を指されたことへのアンサーなのかもしれない。


 桑田佳祐と場末のスナックで飲みかわしながら話しているような身近さがありながら、普段は伺い知れない桑田佳祐というひとりの人間の素の部分が垣間見える『ポップス歌手の耐えられない軽さ』。発売前から2度の重版も決定し、電子書籍としての販売もスタートしているなど早くも広がりを見せている。ぜひ手にして、日本の誇る“キングオブポップ”のチャーミングなひととなりと43年の活動が生んだ決してブレない唯一無二の音楽観を感じてほしい。


(文=ふじもと)