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『コロナと漫画』編者が語る、フィクションの重要性 漫画は“不要不急”なのか

2021年10月30日 13:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『コロナと漫画~7人の漫画家が語るパンデミックと創作』

 漫画編集者、ライターとして活動している島田一志による漫画家へのインタビュー集『コロナと漫画~7人の漫画家が語るパンデミックと創作』(小学館クリエイティブ)が9月29日に発売された。同書内でインタビューに答えているのは、ちばてつや、浅野いにお、高橋留美子、あだち充、藤田和日郎、細野不二彦、さいとう・たかをの7名(インタビュー収録順)。長年にわたり、世代を超えて愛される作品を世に届けてきた人気漫画家たちだ。


 新型コロナウイルスが猛威を振るい始めたとき、娯楽に対するうしろめたさを感じる人は少なくなかった。漫画だけでなく、映画や音楽など、エンタメ業界全体が苦境に立たされていたのも事実だ。「コロナ禍のいま、漫画は不要不急なのか」。先の見えない時代のなか、創作活動を続ける7名のリアルな想いを聞き、島田一志は「コロナと漫画」の在り方をどう捉えたのだろうか。本書を上梓するに至った思いも含めて、話を聞いた。(とり)


■漫画家たちが考える「コロナと漫画」


――本書で最初に目を引いたのは、取材日と取材方法が記載されていることでした。


島田:そこに気づいてもらえてうれしいです。もちろん、本書は“コロナ禍のいま”を生きる読者に向けて編んだものではありますが、10年後、20年後にはまた違う意味を持つような気もしていますので。ですから、日付はもちろん、リモートで取材したのか、対面で取材したのかについては、きちんと明記しておくべきだろうと考えたんです。いずれにしても、多忙ななか、取材を受けてくださった先生方には感謝の気持ちでいっぱいですね。


――いまも第一線で活躍し続けている先生方のコロナ禍における葛藤や、漫画への熱い想いを改めて聞くと、込み上げてくるものがありました。


島田:そうですね。なかでも印象的だったのは、高橋留美子先生が、「震災やパンデミックの被害にあった人たちは、笑ってはいけないのか」とおっしゃっていたことでしょうか。我々ができることは、被害にあった人たちの悲しみに寄り添いつつも、漫画を描いて娯楽を届けることではないだろうか、と。自分の漫画を読んでいるあいだだけでも、楽しいひとときを過ごしてほしい。それは、漫画家として当然の想いですよね。


 もちろん、漫画を描くうえで避けなければならない表現もあると思います。高橋先生も、3・11の震災のあとはしばらく津波の絵を描くことができなかったそうですし、藤田和日郎先生も似たようなことをおっしゃっていました。とはいえ、一切その悲しみに触れないのではなく、“こんな状況だからこそ描ける漫画を描く”ことが漫画家の役割であるというのは、高橋先生、藤田先生以外の先生方にも共通した意識のようです。私も長いあいだ漫画業界で仕事をしてきましたが、みなさんからお話を伺うなかで改めて、漫画や物語の在り方を再認識できた気がしました。


――あだち充先生の甲子園に対する想いを改めて知れたのもよかったです。昨年5月、月刊漫画雑誌「ゲッサン」で連載中だった『MIX』の休載(現在は連載再開)が発表されたときも、あだち先生にとって、毎年開催されていた夏の甲子園大会の存在がいかに創作と結びついていたのかを感じましたし。


島田:そういう意味でも、あだち先生へのインタビューからは、コロナに対する怒りややり切れなさみたいなものが、本書のなかで一番滲み出ているかもしれません。


 自然災害や戦争などと違って、コロナによる被害はなかなか目視しづらいもの。どういう状況が収束なのかもハッキリしていないからこそ、いま、何ができるのかを自分に問うことが重要で。そこで、あだち先生のようなベテラン作家があえて休載を決断し、自ら考える時間を設けたということは、長年高校野球を描いてきた漫画家として、とても真摯な態度だと思いました。これまで当たり前だったものが当たり前でなくなった時代に、どう物語と向き合うかということですね。


――それに対して、浅野いにお先生のインタビューは迷いがないというか、まっすぐでしたよね。


島田:ええ。何が起きても自分は漫画を描くしかないのだと。ちなみに浅野先生は本書に登場していただいた漫画家の中では一番若い方なのですが、それゆえ、かなりクールな答えが返ってくるかなと思いながら取材したんですけど、結果的には、他の6人と同じような熱い考えをお持ちでした。繰り返しになりますが、「どんな状況でも、漫画家なら漫画を描くしかない」ということです。それは彼がいま描いている『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(以下、『デデデデ』)にもよく表れていると思います。


■改めて問う「エンタメは不要不急か」


――まえがきでも触れていますが、コロナ禍が収束しているとは言えないいま、本書を出すことにどのような意味があると感じていますか?


島田:漫画をはじめとしたエンタメ全般が不要不急だと思われがちなことに対して、まずは「NO」と言いたかったんですよ。私自身、これまで漫画業界で食べさせてもらってきた立場として、そういう風潮を黙って見過ごすわけにはいきませんでした。そのためにも、パンデミックのまっただなかにあって、現在進行形でおもしろい漫画を描き続けている人たちの“声”を記録しておきたかったんです。そこにコロナ収束への“答え”はないかもしれないけれど、なんらかの“意味”はあるんじゃないかなと。


 たしかに、漫画を読むことは、現実逃避の手段のひとつかもしれません。でも、それだけじゃないといいますか、漫画をたくさん読んでいれば、仮想の危機が現実に起きたとき、うまく対応できるような能力を知らず知らずのうちに身につけることもできると思うんですよ。


 これは漫画に限らず、フィクション全般が持っている力のひとつだと言っていいと思います。つまり、漫画でも小説でも映画でもなんでもいいのですが、そういう創作物をたくさん読んだり観たりして、それを“自分のもの”にしている人は、現実社会で生き抜くための術(すべ)を身につけているはずなんです。


――最近、「ビッグコミックオリジナル」を読んでいたら、『釣りバカ日誌』の作中でフェイスシールドが登場したり、『深夜食堂』ではノンアルコールビールを提供したりしていて、ある種、現実と地続きの作品には直接影響を及ぼすんだなと改めて認識しました。


島田:高橋先生の『MAO』でもヒロインがマスクをつけていましたね。また、細野不二彦先生の『ギャラリーフェイク』では、主人公のフジタが海外で「失(う)せな、コロナ日本人!」などと言われる場面もあります。おそらくこうした描写の数々は、100年後の人たちが見たら奇妙に思うことでしょうが、“いま”を生きる漫画家たちとしては、描かないわけにはいかないのでしょう。


――本サイトでは、漫画家以外にも、映画や音楽など、あらゆるエンタメに携わる著名人にインタビューをさせていただいていますが、みなさん表現者として、このパンデミックを悲観するだけでなく、作品に昇華すべきじゃないかと話されているのをよく耳にしました。


島田:その通りだと思います。先ほど言ったことの繰り返しになりますが、ドキュメンタリーやノンフィクションでは伝え切れないことを伝えてくれるのがフィクション(創作)です。たとえば、浅野いにお先生の『デデデデ』は、東京上空に巨大なUFOが現れるSF作品ですが、東日本大震災を彷彿とさせる描写が随所にあり、2014年の連載開始時の反響も大きかった。それがまた、コロナ禍の現状にもリンクする部分があり、再び“時代の書”として注目を集めています。


 ただ、浅野先生も本書で答えてくれていますが、そういうディストピアめいた物語を描きながらも、作者としては別に「世界なんか滅びてしまえ」と思っているわけじゃないんですよ。むしろ、震災やパンデミックのような未曾有の事態が訪れた世界で、どういう風に生きていくべきかを、読者それぞれに考えてほしいのだとおっしゃっています。


 くどいようですが、漫画が、フィクションが、多くの人々に何を与えているのか。あるいは、何を考えさせてくれるのか。私も本書を作っていくなかで、こんなご時世だからこそ、創作の手を止めてはならないんだと強く噛み締めるところがありました。藤田和日郎先生も、SFやホラーを描く漫画家たちの想像力が、いまこそ問われているとおっしゃっていますね。


――本書に登場している漫画家さんたちは、そうした創作を何十年も続けてこられた方ばかりですよね。


島田:ええ。特に、先日亡くなったさいとう・たかを先生に至っては、60年以上ものあいだ、この浮き沈みの激しい漫画業界でトップを走り続けられたわけです。すごいとしか言いようがありません。たしか、ちばてつや先生も同じくらいの画業年数だったかな。まあ、おふたりとも怪物というか、なかなかマネのできることではないと思いますが。さいとう先生が本書の巻末で若い人たちに向けて語ってくださったメッセージは、かなり心に沁みるものがあると思いますので、ぜひお読みください。また、終戦後、満州から命からがら帰国されたちば先生の言葉もグッとくるものがあると思います。


 今回、『コロナと漫画』という本を出させていただきましたけど、それは私が漫画業界の人間だったからで、「コロナと映画」や、「コロナと音楽」など、さまざまな表現ジャンルごとに、きっと関わっている人たちのいろんな想いがあると思います。でも、エンタメ業界に生きる人間としては、いますべき創作活動をひたすら続けるしかないんですよね。インタビューのなかで細野不二彦先生もおっしゃっていますが、大事なのは「続ける」ことと「忘れない」こと。そして、漫画は、エンタメは、本当に不要不急なのか? 本書に記された7人の漫画家が語る創作への想いから、“フィクションの力”を感じてもらえたら幸いです。