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19歳少年の実名報じた「週刊新潮」は少年法違反か? 山梨放火殺人事件

2021年10月28日 10:11  弁護士ドットコム

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山梨県甲府市で住宅が放火され全焼し、夫婦が死亡した事件に関して、10月21日発売の『週刊新潮』が、夫婦の次女への傷害の疑いで逮捕された19歳少年の実名と顔写真を掲載した。記事では、少年の生い立ちや通っていた学校などについても触れられている。


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報道によると、週刊新潮編集部は「犯行の計画性や結果の重大性に鑑み、容疑者が19歳の少年といえども実像に迫る報道を行うことが常識的に妥当と判断した」とのコメントを出したという。



これに対して、山梨県弁護士会は21日、「少年の『推知報道』を受けての会長談話」を公表し、「少年の氏名、年齢、容ぼう等により本人と推知できるような記事又は写真の出版物への掲載(推知報道)を禁止した少年法61条に反するものであり、断じて許容されません」などと抗議をおこなった。



日弁連も22日に「少年の『推知報道』を受けての会長声明」を公表し、記事を問題視している。



はたして、『週刊新潮』の報道は少年法に反するのか。違反するならば、少年側は『週刊新潮』を訴えることはできるのか。坂口靖弁護士に聞いた。



●報道は「違法」ではあるが、損害賠償請求は認められない可能性も

――「週刊新潮」の報道は「違法」ということでしょうか。



少年法61条では「氏名、年齢、職業、住居、容貌等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真」を「掲載してはならない」と規定されています。



したがって、『週刊新潮』の報道は、少年法61条に違反することとなりますが、特段罰則はありませんので、刑事罰を受けることにはなりません。



――報じられた少年側は、『週刊新潮』側に対して損害賠償請求などの訴えを起こすことはできないのでしょうか。



民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求が認められる可能性はあります。しかし、少年法61条に違反する報道がされたとしても、その報道がされたとの事実のみで、ただちに不法行為が成立し、報道機関が損害賠償責任を負うことになるとは考えられていません。



少年法61条の立法趣旨は、可塑性に富むと考えられる少年および少年の家族の名誉・プライバシーを保護すると共に、そのことを通じて過ちを犯した少年の更生を図ろうという点などにあるものと考えられています。



しかし、少年法61条の規定は、憲法21条による表現の自由、報道の自由、国民の知る権利など、極めて重要な基本的人権と衝突します。



たとえば、『新潮45』が通り魔殺人事件の犯人である犯行当時19歳の少年について、実名や顔写真などを報じ、少年側が損害賠償や謝罪広告を求めた事案について、「少年法61条の存在を尊重しつつも、なお、表現行為が社会の正当な関心事であり、かつその表現内容・方法が不当なものでない場合にはその表現行為は違法性を欠く」などと判示した裁判例もみられます。



このように、仮に、少年法61条違反の報道がされたとしても、個別具体的な状況によっては、少年側の損害賠償請求は否定されてしまうということは十分にあり得ることにはなります。



●実名報道「慎重な態度で対応を」

――今年5月に成立した改正少年法では、18・19歳は「特定少年」と位置づけられます。改正少年法では、「特定少年」のとき犯した罪については、推知報道は原則として禁止されるものの、逆走されて起訴された場合には、その段階から推知報道の禁止が解除されます。改正少年法が施行された後(2022年4月1日以降)、今回のように逮捕時点(起訴されていない時点)における少年の実名報道がなされた場合も、違法となるのでしょうか。



法改正後は、犯行時18歳以上である特定少年であったとしても、「公訴を提起された場合」には、少年法61条の適用が除外されているものに過ぎません。



したがって、逮捕段階では、未だ少年法61条の適用範囲にあるものと考えられ、違法となると考えられます。



――改正少年法の施行後、どのような条件がそろえば、報道機関は少年法に違反せずに報じることが許されるのでしょうか。



来年の4月以降は、特定少年の事件であり、公訴を提起された場合には、少年法61条違反の問題は生じないかとは思われます。しかし、実名報道は、仮に成人の事件であったとしても必要性は本来低いのではないかという疑問もあるところです。



また、仮に少年法61条に違反しないとしても、表現内容や方法が不当なものであれば、その報道は名誉毀損やプライバシー侵害等によって不法行為に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。さらに、少年法61条に違反する報道であれば、その可能性はより高まるところにはなります。



「特定少年」という新たな制度が設けられることにはなりますが、報道機関においては、少年法61条の趣旨を最大限考慮し、実名報道等については慎重な態度で対応していただきたいと思います。




【取材協力弁護士】
坂口 靖(さかぐち・やすし)弁護士
大学を卒業後、東京FM「やまだひさしのラジアンリミテッド」等のラジオ番組制作業務に従事。その後、28歳の時に突如弁護士を志し、全くの初学者から3年の期間を経て旧司法試験に合格。弁護士となった後、1年目から年間100件を超える刑事事件の弁護を担当。以後弁護士としての数多くの刑事事件に携わり、現在に至る。YouTube「弁護士坂口靖ちゃんねる」<https://youtube.owacon.moe/channel/UC0Bjqcnpn5ANmDlijqmxYBA>も更新中。
事務所名:佐野総合法律事務所
事務所URL:https://sakaguchiyasushi-keijibengo.com/