2021年10月24日 09:31 弁護士ドットコム
大人になっても親の家(主には実家の子ども部屋)で暮らす未婚者について、「こどおじ(子ども部屋おじさん)」または「こどおば」と呼ぶことがあります。
ニートや引きこもりとは異なり、仕事をしている人もいますが、揶揄の意味合いを色濃く残すネットスラングなので、自らがそう呼ばれることに不快感を示す人もいます。
弁護士ドットコムニュース編集部がLINEで「実家に住み続ける30代以上の未婚者(または独身)」の情報を募ったところ、ある女性から「うちの息子はこどおじです」との連絡が寄せられました。
「私自身は、子どもの頃から考えても、今が一番気楽で幸せです。私だって、子ども部屋に住む『こどばば』です。親子というより、気の合う同居人かな?」
それでは、息子のほうはどう考えているのでしょう。自分で選んだ「幸せ」がその同居生活にあるのでしょうか。
取材をお願いすると、OKを出してくれた息子も一緒に、6畳の「子ども部屋」で膝を突き合わせて話してきました。
こどおじになった背景には「就職氷河期」などの社会問題のほかにも、恋愛嫌いなどの理由もありそうです。(編集部・塚田賢慎)
話を聞いたのは、大阪市の大宮梨花さん(62)と、浩次さん(33)の親子です(いずれも仮名)。
元夫との離婚を機に、2人は10年以上前から、単身者向けの家賃6万円のアパートで2人暮らしをしています。
2人は梨花さんの肉親を含め、親族との縁を切っています。
生家で親と同居し続けているわけではないので、厳密に「子ども部屋おじさん」とは言えないかもしれませんが、浩二さんは自分を「こどおじ」と認識しています。
非正規の会社員の梨花さんと、コンビニエンスストアの正社員の浩二さんの年収をあわせると約600万円。家賃と水道光熱費は浩二さん、食費のほとんどは梨花さんの負担です。
梨花さんの部屋(6畳)と、浩二さんの部屋(5畳半)、玄関入ってすぐの台所(5畳半)、風呂・トイレがすべてです。
普段から、梨花さんの部屋でごはんを食べたり、YouTubeで落語を見ながら笑い転げたりしています。
浩二さんは、3歳から自分の「子ども部屋」を与えられて、そこで寝起きをしていたそうです。
「さびしくないように、天井に蓄光シールを貼ってあげたことを覚えています」(梨花さん)
いま、浩二さんの部屋は、「ゾイド」が構える入り口の奥に、たくさんのポケモンのぬいぐるみと、ベッドが置かれています。その上に台を渡して、PCでの作業や、ゲーム、アニメ鑑賞などをします。
梨花さんの部屋には、趣味の電子ピアノ、大好きなカバン、動画を見るためのタブレット(モニターアームで可動範囲が広い)。そして、浩二さんの部屋に入りきらなくなったぬいぐるみが並びます。
きれいに片付けられ、乱雑な印象はなく、どちらも色鮮やかな「子ども部屋」です。
ミステリとSFを好む梨花さん。アニメと漫画が好きな浩二さん。部屋には、それぞれの趣味を反映した本棚が置かれています。
「スタートレック」のセカンドシリーズを愛する「トレッカー」の梨花さんは、お気に入りの1冊として、ジャン=リュック・ピカード艦長の自叙伝をあげました。
浩二さんとも「ファーストシリーズもおもしろいけど、カーク艦長自ら危険なところに赴くのはおかしい。行くとしても副長以下だよね」など、スタートレック談義に花を咲かせます。
互いの趣味を共有する2人に、好きな落語を尋ねると、「禁酒番屋!」と声を揃えて答える仲の良さです。
2人とも、「こどおじ」という存在について、そして自身をどのように認識しているのでしょうか。
「ネットで調べて、いい歳こいて親と同居している人のことと知って、自分のことだと思いました。親のすねをかじるこどおじ状態なら、問題がありますが、稼いだお金で買い物して何が悪いねん。マイナスイメージはないですね」(浩二さん)
「そんな言葉、全然知りませんでしたけど、息子はまさにこれだと思いましたし、私だって、子ども部屋ばばあ、こどばばです。私の部屋は、自分なりのオモチャもあって、好きなことだけ楽しめて子どもでいられる子ども部屋です」(梨花さん)
仕事は給料分、責任をもって遂行する。家に帰ったら、誰にも文句を言われず、自分らしく自由になれるところ。
「経済的に決して豊かでないし、今月支払い多かったどうしようということよく言っていますけど、守備範囲内で生活してなにがわるいというのはありますね」(梨花さん)
この生活になった直接的な原因は、元夫との離婚にあります。元夫は羽振りよく働いていた時代もありましたが、仕事がうまくいかなくなると、お金を入れなくなったそうです。一軒家を手放し、借家を転々とした先で、当時大学生の浩二さんの貯金から家賃を払わせることもありました。
2人は敬虔な福音派のクリスチャンです。「妻たちよ、夫を尊敬しなさい」という聖書の教えもあり、献身的に尽くしてきた梨花さんにとって、離婚は好ましいものではありません。
浩二さんからの「別れたほうがいいよ」と後押しをうけて、離婚をやっと決断しました。
母子で当座の生活費を貯めて今の家に移り住んだのです。
その暮らしが、10年も継続したのは、経済的な理由、浩二さんの結婚に対する考え方、なにより2人暮らしの気楽さがあったようです。
「経済面で一緒に住むしかなかったので、今の生活がある。特に不自由もないからそのままです。惰性もありますね。彼が一人暮らしをしたくなったら、別に構いません」(梨花さん)
浩二さんは中高はフリースクールに通って英語を習得し、大阪の私大の法学部に入り、国際法を学びました。東日本大震災で発生した放射線と国際法の関係や、捕鯨問題などの研究にあたり、ジャーナリズムにも関心をもったことから、卒業後の進路の第一志望はマスコミでした。
「社会部や政治部で活動する記者を目指しましたが、当時、就職氷河期の真っ只中で、就職活動は全滅でした。そのままファストフード店でのバイトを続け、1年後にコンビニの夜勤バイトとして働き、正社員になりました」
思い描いていた就職ができなかったことで、同居後、大幅に給与が上がるようなことはありません。同居して生活費負担を軽くするという選択は自然です。
「僕が大病を患ったり、大怪我したり、働けなくなったとき、じゃあどうしようかと。自分自身も困るが、母も困る。貯金もある程度しているので、1~2カ月はどうにかなるけど、半年とかなると、うちの家計も回らなくなるので心配。だいぶ健康には気をつけているつもりです」(浩二さん)
かといって、結婚や、その前段での恋愛で、一人暮らしをする機会が人によってはあります。
その点、浩二さんは、「恋愛は面倒臭い。結婚は全く考えていません」ときっぱり言い放ちます。
「大学の友人グループ内で男性が、女性を寝取って妊娠させたということがありました。中学から通ったフリースクールや、大学で、友人らのひどい恋愛模様を見るにつけ、面倒だと思ってしまいました。初恋も一切なかったし、もういいんじゃないかなと(笑)」
家族に不誠実だった父親のことを近くで見て、「自分にも同じ血が流れている以上、あれと同じことをやらかすのではというおそれがある」という理由もあります。
「同棲だって、互いを理解する過程で気を使って息が詰まると思う。奥さんと始終一緒にいても、結局は他人じゃないですか。部屋にいるときは自分のしたいことだけやりたいです」
大学生のころ、梨花さんの部屋で「俺は一生結婚しないから、孫の顔を見たいなんて口が裂けても言うなよ」と宣言しました。
梨花さんも「結婚してほしいとは思わない」と息子の考えを尊重しています。
「こどおじ」を続けてきた最後の理由は、なにより、暮らしが快適だからです。
全く料理のできない浩二さんにとって、ごはんを作ってくれる人がいるのは助かります。
「趣味も政治的思想にも大きな違いはないし、話していて楽しいです。なんというか、親というより、友人と一緒にいる状態なので、1人になるメリットも特にないかなという感じです」
梨花さんは、結婚しなくていいと言いますが、本当の気持ちは「寂しいからいなくならないでほしい」と考えているのではないのでしょうか。孫の顔も見たいのではないでしょうか。
このように意地悪な質問もしてみました。
梨花さんは断固として否定します。彼女自身、縁を切った「毒親」によって厳しく制限された生活を強いられたと感じているからです。
「私が両親から土足で踏み入れられた人生だったものですから、同じことを息子にはしたくありません。
息子はいずれ離れて行くもので、彼が生まれたときに『決して我がものと思ってはいけない』と考え、束縛することを自分に禁じました。
でも、今もって一緒にいるのですから笑うしかありませんが…」
多様な生き方が認められると言われつつも、社会にはいまだに「いい歳をした大人が結婚もせず、独立しない」ことをよしとしない空気も存在しているようです。
ただ、2人はそのような「世間体」を気にしないと話します。
最近、同僚の女性の息子が結婚したそうです。「そっちは息子さん結婚せえへんの? しんどない?」と言われた梨花さん、「その気ないみたいね」と返して、それでおわりです。
「ただ、残念ながら、人類繁栄のためには貢献度ゼロです。生産性ゼロです」(梨花さん)
「少子化問題には貢献できないから、一切口を出さないな」(浩二さん)
これからも当面は親子同居を選び続ける2人ですが、親の介護問題や、死もいずれ直面することになるでしょう。
「母からは、ヨボヨボになったら、病院にぶちこむんやでと言われることもありますが、 実際はその時にならないとわかりません。
本当にどうしようもなくなったら、施設に預けるのかな。自分にできることは限りがある。それが原因で2人の関係がギスギスすることは本人も望んでないと思う。たまに会いにいって関係良好のほうが本当の幸せではないか」(浩二さん)
介護について語る息子を、梨花さんが真剣な顔つきでみています。
「介護離職だけはさせたくない」と梨花さん。
「年齢的に私のほうが先に逝くから、ひとりぼっちにならないように、友人は作っておきなさいと言っています。何か話したいと思ったときに、話せる相手はいたほうがいい。
彼の人生ですから、好きに生きてほしいけど、共通の価値観で繋がっている人がいるなら、先に逝く私としてはありがたい。
信仰的に、死はタブーじゃない。最期にひとつ言えるなら『先に行ってるね。あんまり早く来ちゃダメだよ』だと思います」
今度は、母の話を静かに聞いていた浩二さん。
梨花さんが亡くなったあとの生活について想像してもらいました。
「老後は年金が出ると言われているので、身をまかせるしかないかな。
母のいた頃を思い出して寂しがることはあっても、家族など新しい関係を持ちたいとは思わないでしょう。思い出をもとに、ただただ自分で生きていくのかなと」
これだけだと心配させるのかと思ったのか「連絡が取れている友人は4人くらいいます」と付け加えました。