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『二月の勝者』が明らかにする中学受験家庭の様々な事情 生徒=金脈と発言する黒木の真意はどこにあるのか

2021年10月23日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『二月の勝者』生徒=金脈の真意は?

 『二月の勝者』というマンガがあるのだ、と人に話したら、苦笑しながら「いやなタイトルだね」と返されたことが記憶に残っている。このマンガのタイトルの「二月」は、2月1日から2月5日頃まで首都圏での中学受験が行われていることに由来する。つまり『二月の勝者』というのは、中学受験で合格を勝ち取った者という意味なのだ。


 2021年2月1日午前の受験者数の合計は4万人を超えており、首都圏の小学6年全体の14%ほどが中学受験を行っている。中学受験者数は2016年から伸び続けており、その背景には、大学受験の際の「センター試験」が、2021年度から「大学入学共通テスト」に変わり、今までとは異なった対策を行わなければいけなくなったことや、今までは高校からでも入学することが可能だった難関私立中高一貫校が、高校からの募集を停止し始めていることがあると推測されている。


 2021年10月から日本テレビ系で放送が開始されたドラマ『二月の勝者』は、中堅中学受験塾「桜花ゼミナール 吉祥寺校」の入塾説明会のシーンから始まる。元名門中学受験塾「ルトワック」の講師で、「桜花ゼミナール 吉祥寺校」の校長となった黒木蔵人(柳楽優弥)が、「第一志望校に全員合格させる」と宣言して親や講師陣をざわつかせ、その後講師室では「合格のためにもっとも重要なのは、父親の経済力と母親の狂気」と告げる。あまりにも身も蓋もない発言のように聞こえるが、マンガを読み進めていくと、黒木の発言はあながち間違っていないことが分かってくる。


 原作漫画『二月の勝者』は、前年度の入試直前の桜花ゼミナールの描写から始まる。五角形の消しゴムや鉛筆がお守りとして配られ、生徒みんなで気合を入れる。筆者も中学受験を経験したが、いよいよ受験本番なのだという高揚感を思い出した。


 そして2月1日からの約1週間、中学受験生は戦い続けることになる。マンガの中でも触れられているが、中学受験の定説として、第一志望校に受かることができるのは、中学受験生のうち3割であると言われている。1巻の前半で、その厳しさは読者にも示される。桜花ゼミナール 吉祥寺校のトップの男子生徒が、2月1日の受験で体調を崩し試験がうまくいかなかったと塾で泣き崩れ、これでは「全落ち」だと自信を喪失しているのだ。


 『二月の勝者』の中では、中学受験生はまだたったの12歳の子どもであることがたびたび強調される。毎日のように塾に通い、家に帰ってからも勉強をする。休日は試験を受けたり、志望校別の対策講座に参加する。定期的なテストと、それに伴うクラス替えや席替えで否応なく自分の学力が突きつけられる。模試を受ければ、志望校に合格する可能性がどれぐらいなのか数字で示される。正直言って12歳の子どもにとっては過酷である。そんな過酷な毎日を乗り越えてきた先にある受験本番で力を出せなかったという事実は、子どもの心を簡単に折ってしまう。


 そしてここに中学受験の特殊性があるのだが、高校受験や大学受験と違い、首都圏(特に東京)の中学受験は2月の第1週に固まって行われる。つまり、1日目の受験がダメだったとしても、心を切り替えて2日目に挑まなくてはならない。


 そんな過酷な状況にある子どもを支えるという意味で、親の存在は大きい。「合格のためにもっとも重要なのは、父親の経済力と母親の狂気」という黒木の言葉は、中学受験にかかる費用と、12歳の子どもを見守るメンタルを指している。『二月の勝者』は、受験生である子どもの心理状況だけにフォーカスして描かれてはいない。受験生を見守る親のことも、子どもと同じぐらい緻密に描かれている。


 母親は中学受験に熱心だが、父親が無関心であるパターン。逆に、父親が独自の方針を持っており、勉強方法に干渉してくるパターン。塾にかけるお金で揉める家もあれば、子どもと志望校について意見が食い違い喧嘩する家もある。併願校を考えるのも親の仕事と言えるだろう。どうやったら「全落ち」を回避できるか、午前受験と午後受験をどのような組み合わせにするか、様々な可能性を考えなくてはならない。中学受験と一口に言っても、各々の家庭に各々の事情があるのだ、ということを『二月の勝者』は詳らかにする。


 また、黒木の言動で特徴的なのが、中学受験生を鼓舞するのに長けている一方で、講師陣に対しては、生徒のことを「金脈」、親を「スポンサー」と称するなど、営利的な発言をすることだ。確かに、中学受験にはそれなりの金額がかかる。それにしても、あまりにもあけっぴろげな言い方であると感じていたが、最新13巻で明らかになった黒木の“もう1つの仕事場”の置かれている環境と照らし合わせると、何故黒木がそんなにも露悪的な言葉を使うのかが今後見えてきそうな気配がする。


 最新13巻では、6年生の冬期講習が始まり、受験本番までいよいよ2カ月というところまできた。黒木が宣言した通り、全員が第一志望校に合格できるのか、固唾を飲んで見守ろうと思う。


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