2021年10月22日 10:41 弁護士ドットコム
静岡県熱海市で今年7月に起きた土石流災害について、市が10年以上前から、その起点にあった盛土の危険性を認識していながら、業者に対して安全対策の実施を命じる行政処分を見送っていたことが発覚した。
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この災害をめぐっては、盛土を造成した業者の責任が問われることになると考えられるが、被害者の遺族側としては、行政がしかるべき処置を取らなかったとして、国家賠償請求訴訟を起こすこともありうる。
はたして、その場合、行政の責任は認められるのだろうか。元警察官僚で行政法にくわしい澤井康生弁護士にポイントを聞いた。
今回のケースは、行政が積極的に行動して、損害を発生させたのではありませんが、期待される行為をしなかったという「不作為」によって、損害を発生させたといえる可能性があります。その不作為を理由とする国家賠償請求ということになります。
ポイントは2つです。
1つ目は、行政側の不作為が国家賠償法上、違法といえるか? 2つ目は、行政側の不作為と実際に発生した損害との間に「相当因果関係」があるといえるか?
この2つが重要な論点となります。
行政には、いついかなるタイミング、いかなる手段・態様で規制権限を行使するか否かについて、広範な裁量権があることから、規制権限の不行使があったとしても、ただちに違法となるわけではありません。
しかし、その権限を定めた法令の趣旨や目的、その権限の性質などに照らして、具体的な事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して、著しく合理性を欠くと認められるときは、国家賠償法上、違法となるとされています(最高裁平成7年6月23日判決)。
つまり、誰が見ても、「これは行政が規制権限を行使して対処しなきゃいけないよね」といえる場合には、規制権限の不行使という不作為が違法となるわけです。
今回のケースと類似する事件としては、横浜地裁令和2年1月24日判決があります。これは宅地造成等規制法違反の造成工事によって、崖崩れの危険のあった場所に台風による豪雨で崖崩れが発生し、死者が出た事件です。
被害者遺族が、危険性を認識していた自治体に国家賠償請求訴訟を起こしました。
裁判所は、自治体が業者に対して是正勧告などをおこなったものの、最後に呼び出す通知をおこなってから崩落事故が起きるまでの3年7カ月以上にわたって、何らの措置を取らなかった事実を認定しました。
そのうえで、その時点において是正措置命令を発令すべきであったにもかかわらず、これをおこなわなかったとして、自治体の規制権限の不行使を違法と認めました。
ほかにも類似する事件として、広島地裁平成24年9月26日判決があります。これは自治体が産業廃棄物最終処分場への土砂搬入による盛り土の崩壊の危険性を認識していながら、必要な措置を取らなかったため、土砂崩壊により死傷者を出した事件です。
裁判所は、自治体の規制権限について、違法な宅地造成工事がなされている場合には「近接する住民の生命、身体に対する危害を防止することを目的として、できる限り速やかに、適時にかつ適切に行使されるべきである」と判示しました。
そのうえで、崩壊事故発生までの1年4カ月にわたって措置を取らなかった自治体の不作為について、違法と認めました。
これらの裁判例と比較すると、熱海市は「10年以上も前」から盛り土の危険性を認識していたというのですから、行政の規制権限の不行使の違法性が認められる可能性は極めて高いといえます。
ただし、国家賠償請求訴訟も、不法行為による損害賠償請求がベースですので、行政の不作為によって、住民の死傷などの結果が発生したこと、いわゆる「因果関係」が認められることが必要です。
不作為というのは、期待されていた行為をしないという消極的な態度なので、実際に生じた事故との間の因果関係を認めるためには、「あのとき、期待されていた行為をしていれば、あの事故は防げたよね」(これを仮定的因果関係といいます)といえることが必要です。
さきほどの広島地裁の判決では、崩壊事故によって崩壊したのが、まさに搬入された土砂のみであったことから、自治体が規制権限を行使していれば、土砂崩壊事故の発生は防ぐことができたとして、損害との間の因果関係が認められました。
一方、横浜地裁の判決では、是正措置命令を発令して是正工事をさせていたとしても地中に浸透する雨水の量の関係もあり、それだけでは崖崩れの発生を防ぐために十分なものであったと認めるに足りないと判断され、因果関係は否定されてしまいました。
これらの裁判例を見ると、盛り土とは別に、ほかの要因もあいまって崩落事故が発生した場合には、因果関係が否定される場合もあるということがわかります。
結論として、熱海市の土石流災害では、1つ目の論点の「不作為の違法性」は認められやすいと思われます。そして、2つ目の論点である「不作為と損害との因果関係」については、崩落の原因が盛り土のみであり、ほかの要因がないといえれば、認められることになるでしょう。
【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官の資格も有する。現在、朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:秋法律事務所
事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/