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藤本タツキ短編集『17-21』から読み解く作家性 “圧倒的な暴力”を描く

2021年10月20日 09:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 『チェンソーマン』(集英社)の作者として知られる漫画家・藤本タツキの短編集『藤本タツキ短編集17-21』(同、以下『17-21』)が発売された。9月には『ルックバック』(同)が単行本化され、11月には『藤本タツキ短編集 22-26』(同)が発売と、この秋は3カ月連続で藤本タツキのコミックスが発売となる。


 漫画家を目指す女の子を主人公にした『ルックバック』が漫画家としての過去を振り返る自伝的な物語だったのに対し、作者が(収録作を執筆していた頃の)年齢がタイトルとなっている短編集は、藤本タツキの今までの道のりを振り返るものとなっており、『17-21』を読むと、彼が漫画家としてどのようなテーマと向き合ってきたのかがよくわかる。


 収録作は以下の四作。


 『庭には二羽ニワトリがいた。』は、藤本が初めて漫画賞に投稿した作品。人類を滅ぼした宇宙人たちが支配する地球で、ニワトリに変装した男女が生き延びようとする話だ。ホラーとコメディの要素が同時に存在するディストピアSFで、導入部は「宇宙人が主人公の学園ラブコメか?」と思わせる。しかし次第に人類を取り巻く絶望的な状況が明らかとなり、宇宙人から観れば人間もニワトリ(家畜)も対して変わらないというクールな世界認識が乾いた笑いを引き起こす。


 作画は粗っぽいが、この絵柄だからこそ宇宙人の不気味さが際立っており「タチの悪い冗談」のような世界観とマッチしている。物語が二転三転した末に最終的にタイトルの意味を回収する構成が見事だ。


 『佐々木くんが銃弾止めた』は、担任の川口先生を神様だと思っている佐々木くんが主人公のSFテイストの学園漫画で、終始ハイテンションで物語が進んでいき、最後はぶっ飛んだオチとなる。読後感は爽快だが、東大受験に失敗して自暴自棄になった男が銃を持って突然、教室に乱入し脅迫する姿は生々しく、妙な切迫感がある。


 「神様」「セックス」といった単語が無意味に強調され、佐々木くんが弾丸を止めた際に女子生徒の一人が「佐々木くんが弾丸止めた」と3回繰り返した後で、本作のタイトルが入る演出など、同じ言葉を繰り返して強調することで意味ありげに見せる手法は演劇的でハマっている。作者のコメントによると、主人公の佐々木くんは武富健治の漫画『鈴木先生』(双葉社)に登場する竹地というキャラクターの影響が強いとのことだが、バカバカしい話をハイテンションで展開する見せ方にも『鈴木先生』の影響が強く出ている。


 『恋は盲目』は、月刊誌『ジャンプSQ.』(集英社)の第5回クラウン新人漫画賞を受賞した商業誌デビュー作。物語は、後輩のユリに告白するために生徒会長が一緒に帰宅しようとすると、次々と邪魔が入るというコメディ漫画。最初は教師に呼び止められ、次がナイフを見せて「金だせよ」と脅迫する通り魔のおじさん、最後は地球を壊すために降臨した宇宙人と、困難のレベルがスケールアップしていくのだが、唐突に現れて主人公に襲いかかる存在が「通り魔」と「宇宙人」というのが藤本タツキならでは。


 本書の「あとがき」で藤本は東日本大震災の復興支援ボランティアに参加した時のことについて書いている。作者には17歳の時からずっと無力感のようなものがつきまとっており、悲しい事件がある度に「自分のやっている事が何の役にも立たない」という感覚が大きくなっていったという。唐突に訪れる暴力によって登場人物があっけなく死んでいく『チェンソーマン』の展開には「作者の震災体験が強く反映されているのでは?」とずっと思っていたので「あとがき」を読んで、一つ謎が解けたように感じた。


 本作の「宇宙人」は『チェンソーマン』で言うと悪魔と近い存在だ。人智を超えた圧倒的な暴力の象徴であり、地震や津波といった天災を具現化した存在だと言える。対して「通り魔」は人間による暴力だが、本作では弱々しい情けない男として描かれている。『佐々木くん~』に登場する銃を持った青年が、佐々木くんと同じ先生を好きだったことを考えると、彼の描く通り魔には「いつか自分もそうなってしまうのではないか?」という不安が強く投影されているようにも感じた。『ルックバック』にも実際の事件の犯人をモデルにしたと思われる人物が登場するが、『17-21』を読むと、彼が「通り魔」に“なってしまった”人間を描き続けていたことがよくわかる。


 最後に収録された『シカク』は、殺し屋の少女・シカクの物語。ノータイムで相手を殺そうとするぶっ飛んだヒロインは『チェンソーマン』に登場する女性たちの原型と言えるが、作者にとっては女性もまた暴力的存在だろう。「怪物のような女性とどう生きていくか?」というテーマも、その後、繰り返し描かれている。


 「デビュー作にはその作家の全てが詰まっている」とよく言われるが、藤本タツキがデビュー当初から「唐突に訪れる圧倒的な暴力」を描き続けてきたことがよくわかる短編集だ。


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