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『ONE PIECE』ワノ国編は世代交代の物語? 単純化を拒む“過剰な豊かさ”が100巻到達の鍵

2021年10月15日 07:11  リアルサウンド

リアルサウンド

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 『ONE PIECE』(集英社)の第100巻がついに発売された。尾田栄一郎が『週刊少年ジャンプ』で連載している本作は、海賊王を目指す少年・ルフィが仲間たちと共に、様々な島で冒険を繰り広げる壮大なスケールのファンタジー漫画だ。


(参考:【画像】『ONE PIECE』の「ウェディングドレス」


 1997年に連載がスタートした本作は、ジャンプの人気看板作品として不動の地位を確立。現在は、江戸時代の日本を思わせるワノ国を舞台に、将軍・黒炭オロチと百獣のカイドウ率いる百獣海賊団VS主君・光月おでんの敵を討とうとする侍たち(赤鞘九人男)と共闘するルフィたち麦わらの一味&トラファルガー・ロー率いるハートの海賊団&キャプテン・キッド率いるキッド海賊団の戦いが展開されている。


 以下、ネタバレあり。


 鬼ヶ島全土で熾烈な戦いが繰り広げられる中、ルフィたちはドクロドーム屋上でカイドウとビッグ・マムに戦いを挑む。


 “四皇”と称される大海賊2人と対峙したルフィたちは、まずは2人を切り離す。そして、一度負けたカイドウにルフィは一騎打ちを仕掛ける。覇気を拳にまとうことで攻撃力を増したルフィは、カイドウに強烈な一撃を食らわせる。しかし力の差は歴然で、意識を失ったルフィは海に突き落とさせる。その時にカイドウは「お前も…“ジョイボーイ”には……」「なれなかったか……!!」と意味ありげな言葉を呟く。


 魚人島の「歴史の本文」(ポーネグリフ)によると、ジョイボーイとは「空白の100年」と呼ばれる時代に実在した地上の人物で『ONE PIECE』世界における伝説の英雄や救世主と言える存在だ。


 「歴史の本文」には、魚人島との約束を守れなかったことに対する(ジョイボーイの)謝罪文が書かれており「いずれ必ずジョイボーイに変わって約束を果たしに来る者が現れる」と王族の間で語り継がれてきた。


 第96巻で語られる光月おでんの過去編では、海賊王のゴール・D・ロジャーが「世界の全て」を知った際に「ジョイボーイおれは……!!」「お前と同じ時代に生まれたかった」と語る場面が描かれている。満面の笑みを浮かべるロジャーの顔が描かれていることから推察するに、ジョイとは英語の「喜び」(joy)のことで、ジョイボーイ(JOY BOY)とは「ご機嫌な男」というニュアンスが込められているのではないかと思う。魚人島を救ったルフィは、まさにジョイボーイの再来と言える存在だが、おそらく尾田栄一郎の考える「ヒーロー」は、いつも笑っている「ご機嫌な男」ということなのだろう。


 対して、興味深いのはカイドウの「なれなかったか……!!」という台詞の語尾。そこには「残念だ」というニュアンスが込められているように感じる。オロチを裏切り、ワノ国を「海賊の帝国」に変えて世界に恐怖と戦争をもたらそうと計画しているカイドウは野心を秘めた好戦的な男で、「最強の生物」だと劇中では語られる。しかし彼の初登場は、空島から飛び降り自殺を図る姿で「趣味は“自殺”」とナレーションで語られる。


 おそらくカイドウは『ONE PIECE』の世界で一番強い存在だ。だが彼は自分が強すぎる現実に退屈しており、とても苛立っているように見える。だからこそ、自分を倒してくれる存在(ジョイボーイ)を求めているのではないだろうか?


 100巻という記念すべき巻だからこそ思うのかもしれないが、主人公のルフィが、『ONE PIECE』の連載が始まり、少年ジャンプの王を目指そうと船出した新人時代の尾田栄一郎の投影だとすれば、カイドウは、ジャンプのみならず漫画界「最強の存在」となってしまった現在の尾田栄一郎の心境が込められているようにも見える。


 一方、カイドウとは違う意味で面白い存在がビッグ・マムだ。彼女の動きは予測不能で、一時的に記憶喪失となり善人に変わったかと思うと、記憶が戻れば、元の悪役に変わるというギャグ漫画のキャラクターのようなデタラメな動きを見せている。


 カイドウと同盟を組みルフィたちに襲いかかったかと思うと、記憶喪失になった時に優しくしてくれた少女・お玉と再会し、彼女の暮らす「おこぼれ町」をカイドウの手下が燃やしたことを知ると、同盟関係にある百獣海賊団を攻撃する。だが、麦わらの一味といっしょにお玉を逃がそうとすると「おれァ“去る者”が大嫌い……!!!」といって、お玉を殺そうとする。彼女の情緒は不安定で、その場の気分によって暴れる。人間というよりは荒ぶる邪神といった佇まいで、見方によってはカイドウよりも厄介な存在だ。


 ふつうのバトル漫画なら作者が持て余してもおかしくない存在だが、彼女の予測不能な動きは『ONE PIECE』に奇妙なユーモアを与えている。単純化すればカイドウは父性、ビッグ・マムは母性の暗黒面の象徴と言える存在で「ワノ国編」は、ルフィたち若者がこの2人を倒す世代交代の物語だと言える。だが、そういった図式を飛び越える過剰さがカイドウとビッグ・マムにはある。


 単純化を拒む“過剰な豊かさ”がキャラクターに込められているからこそ、『ONE PIECE』は100巻に到達することができたのだ。


(文=成馬零一)