2021年10月12日 14:01 弁護士ドットコム
職場でトラブルに遭遇しても、対処法がわからない人も多いでしょう。そこで、いざという時に備えて、ぜひ知って欲しい法律知識を笠置裕亮弁護士がお届けします。
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連載の第3回は「『ブラック企業』の見分け方」です。これから就職や転職を控えている人にとっては気になるところですが、笠置弁護士は「入社前の段階で、『ブラック企業』かどうかを見分ける方法は、実は存在します」と話します。
前回までは、入社した後にトラブルに見舞われた場合、どのような証拠を集めればよいのかについて解説をしました。しかし、よく考えてみれば、そもそも労働トラブルに遭う可能性の低い会社に入社するのが、最も有効な身の守り方だとも言えます。
まず、就職四季報を分析するだけでも、かなりの情報を得ることができます。これは就職活動をしている大学生の間でよく読まれている企業研究書籍です。
就職四季報には、各企業の3年後離職率のデータが記載されています。3年後離職率は、業種によっても異なりますが、おおむね30%程度が平均とされています。
これを大幅に超えるような会社には、注意が必要です。四季報には、男女別の定着率のデータも掲載されています。これによって、男女それぞれの定着率(離職率の裏返しです)を知ることもできます。
短期間での離職率があまりに高い企業や、そもそもデータを四季報に公表しない企業(NAと表示されています)は、要注意と考えた方が良いでしょう。
離職率のデータを公表しない企業は、離職率を公表することが何らかの理由により不都合だと考えているわけです。このような企業の離職率は、従業員数と採用者数からうかがい知ることができます。
つまり、従業員数がそれほど多くなく、あまり変化がないにもかかわらず、毎年大量に採用しているような会社は、次から次へと人が辞めていっていることになります。従業員数の変化は、前年度の四季報や過去の就活サイトから調べることができます。
また、平均勤続年数や社員の平均年齢も、重要な情報です。長く勤める社員が多く、平均年齢も普通であれば、安定した企業であることが分かります。ところが、平均勤続年数が短く、平均年齢があまりにも若いという場合には、要注意です。
私自身が裁判などで相手にしてきた問題企業は、ほぼ例外なく若者の離職率が異常に高く、入社して1年持たずに新人が辞めてしまうということも珍しくありませんでした。その意味で、離職率はブラック企業を見分ける上で非常に重要な指標だと考えています。
就職四季報とは異なり、企業が多額の費用を支払って掲載しているのが、求人サイトの広告です。企業側があえてお金をかけて掲載しているものですから、企業にとって不都合な情報は掲載されにくくなっていることを念頭に置きつつ、慎重に見ていく必要があります。
企業のアピールの中では、どのような仕事をやっている会社であり、新入社員の業務はどのようなものであるかということが説明されています。
その中で注意すべきなのが、業務内容の説明があまりにも抽象的で、「夢」「希望」「感動」などといったやりがいを過度にアピールしている会社です。
このような会社は、現実の業務内容(過酷な営業ノルマや飛び込み営業を強いられたり、酷暑でも屋外での作業・営業を強いられるなど)を話してしまうと、入社を避けられてしまうと考えているからこそ、聞こえの良い抽象的な言葉を並べていると疑ってかかるべきです。
ちなみに、私自身が裁判などで相手にしてきた問題企業の中で、求人段階で本当の業務内容を詳しく説明していた会社は一つもありませんでした。
若手でもすぐに管理職(マネージャー、店長など)になれることを謳っている会社も要注意です。
退職者が相次いでいるために社内に管理職になれる人材が不足しているのではないか、きちんとした研修もせずに管理職にさせることで、残業代を節約しようとしているだけではないか、その先には大量のクレーム処理や長時間労働が待っているのではないか、などと疑ってみるべきです。
労働条件の中で注目すると良いのは、給料の金額と内訳です。
基本給の金額があまりにも安く(通常は18万円~23万円程度でしょう)、残業代を固定の手当として支払うとしているような会社は、トータルの給料額を高く見せることで、本当は良くない労働条件を隠そうとしているとみるべきです。
常識的な基本給を支給する会社で残業した場合と、固定の残業手当を支払うとすることでようやく毎月の給料額が常識的な金額になるような会社とでは、同じ時間残業をこなしたとしても、後者の方がもらえる給料額が低くなってしまうわけです。
この仕組みは頭に入れておくべきでしょう。逆に、同業他社と比べてあまりにも給料の金額が高い企業は、労働も過酷なのではないかと疑ってみるべきです。
採用プロセスも重要です。ブラック企業は退職者が相次ぐために、とにかく人手が足りません。そのため、なるべくコストをかけずに次々に大量採用していこうと考えています。
例えば、SPI等の試験もなく、書類選考とたった1度だけの中身のない面接だけで採用を決めるような企業には要注意です。
入社前の段階ですら学生の能力をきちんと見ることもせず、抽象的な業務内容の説明だけでどんどん採用を決めているような会社は、入社後も、新人の訴えに耳を傾けず、業務指導や労働条件の説明をきちんとしない会社だととらえるべきです。
現役社員や退職者が、転職サイト等に自らの被害経験を語っていることがよくあります。悪質なハラスメント被害を放置するような会社や、長時間労働が蔓延しているような会社は、被害者は一人だけではなく、相当多数に上っていることが通例です。
サイトの口コミ全てが信用できるわけではないでしょうが、相当多数の社員から不満の声が上がっているならば、その会社の職場環境を疑ってみるべきでしょう。
また、インターネットで社名と「解雇」「裁判」「労災」「事件」「うつ病」などのキーワードを入れるだけで、過去に問題事例を起こしていないかどうかを調べることも有効です。
裁判所で労働訴訟の判決が出されたような事例や、過労死が出た事例については、インターネットを検索するとすぐに過去の事件が出てきます。私は、あまりにも事案の内容が悪質であったり、社会的な影響の大きい事案などについては、当事者の方とよく相談した上で、事案に関する情報を公表することがあります。
以上のようなポイントに一つでも当てはまったら、即ブラック企業だというわけでもありません。あくまで可能性があるということだと思ってください。逆に、いずれにも該当しなくても、入社してみたら問題のある企業であったということもあり得ます。そのような場合には、速やかに自分の身を守る行動をとってください。
(笠置裕亮弁護士の連載コラム「知っておいて損はない!労働豆知識」がスタートしました。この連載では笠置弁護士の元に寄せられる労働相談などから、働くすべての人に知っておいてもらいたい知識、いざというときに役立つ情報をお届けします。)
【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「労働相談実践マニュアルVer.7」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/