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謎、アクション、ドラマ、無数の暗喩……『進撃の巨人』の衝撃をあらためて分析

2021年10月12日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『進撃』の魅力をあらためて整理する

 諫山創の『進撃の巨人』の、第1巻を読んだときの衝撃は、今でも忘れられない。


 巨人と呼ばれる存在を阻む城壁に囲まれた都市で、それなりに平和に暮らす人類。だが、超大型巨人の襲来により、都市と人々は大きな打撃を受ける。医師の父親は行方不明になり、母親を巨人に食べられたエレン・イエーガーは、幼馴染のミカサ・アッカーマンとアルミン・アルレルト共に兵団の第104期訓練兵となる。巨人を憎悪し、駆逐することを決意しているエレン。だが、訓練兵の解散式が行われた日、新たに巨人が襲来し、エレンたちも戦いに駆り出されるのだった。


(参考:【画像】『進撃の巨人』完結に巨人も号泣?


 というのが第1巻の簡単なあらすじだ。強烈なインパクトを持ち、嫌悪感を与える巨人の造形。立体機動装置を使った兵団と巨人のアクション。そして第1巻のラストでエレンが巨人に食われるという衝撃の展開。これは凄いと第2巻が刊行されたら、すぐに入手。すると、さらなる驚きが待ち構えていた。なんとエレンが巨人になってしまうのである。いったいこれは何だと思う暇もなく、ストーリーはどんどん進み、謎が積み重なっていくのである。


 こんな調子でラストの第34巻まで読んでしまったが、あらためて作品の魅力を考えると、3点ほど挙げることができるように思う。


1)巨人と世界の謎
2)人間と巨人を中心にしたアクション
3)多数の人物が織り成す人間ドラマ


 個人的にもっとも興味を惹かれたのが(1)である。人類を無惨に殺す巨人とは、いかなる存在なのか。なぜエレンは巨人に変身できるのか。エレンの家の地下室に、父親が隠したという秘密は何か。どこか歪な人類生存圏である城壁に囲まれた都市は、いかにして形成されたのか。作者は後から後から謎を追加し、大風呂敷を広げていく。しかも(1)の要素に(2)と(3)の要素が緻密に絡まり、壮大な物語世界を創り上げているのである。


 さらにストーリーの途中に大きなクライマックスがあり、巨人や都市の謎に関する真実が、かなり明らかになるのだが、物語のテンションが落ちることはない。舞台が一挙に拡大し、ぶっ飛んだ展開でラストまで突っ走るのだ。残されていた謎も明らかになり、練りに練られたストーリーであることが分かった。最初の方に出てくる3桁の数字など、作中で説明されていないこともあるが、ここにもちゃんと意味がある。興味のある人は、ネットの考察を漁ってみるといいだろう。


 一方、登場する人物も魅力的だ。巨人になったことに混乱しながら戦い続けるエレン。飛び抜けた能力でエレンを守るミカサ。頭脳優秀なアルミン。この3人に加え、最強兵士のリヴァイ・アッカーマンや、巨人の研究に意欲を燃やすハンジ・ゾエ。あるいはエレンたちの、訓練兵時代からの仲間たち。その他にも、膨大な人物が存在を主張しているが、とてもではないが書き切れない。それぞれの信念を持つキャラクターのぶつかり合いも、大きな読みどころになっているのである。


 ところで本書には、幾つもの暗喩があるように感じられる。たとえば巨人を阻む都市の城壁だ。調査兵団を除けば壁の外に出ることを禁じられている都市の人々。たしかに平和に暮らすことができるが、檻の中に閉じ込められているということもできる。大きくいえば、現実から目を逸らし、鎖国している国家。小さくいえば、家から出てこない引き籠りを想起させる。巨人は、そのような閉ざされた世界を、無理やりこじあける存在とすることも可能だろう。だから都市の人々は、否応なく現実と向き合うことになるのである。


 さらに付け加えれば、そのような都市で自由を求めるエレンや、外の世界を見たいと思っていたアルミンは異端者とならざるを得ない。ここで注目したいのが、エレンが何度も自由という言葉を口にすることである。巨人の襲撃から始まった激動の日々により、壁の外に出て、世界の広さを知ったエレン。しかしその世界にも、多くの枷がある。人が真の意味で自由を獲得することなどあるのか。後半のエレンの驚愕の行動も含めて、いろいろ考えずにはいられない。


 人類対巨人の戦いから始まった物語は、何度もの曲折を経て、見事に決着する。憎しみの連鎖や民族浄化など、現実の世界と通じ合う題材とも真摯に向き合った作者は、世界が良き方向に進む可能性を指し示す。しかし最終巻のラスト近くのあるコマを見ると、世界から戦争がなくなることはないようだ。世界は愚行と希望に満ちている。どちらを選ぶかは、人類の一員である私たちしだいなのである。


(文=細谷正充)