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悪質クレーム大国・日本には「カスハラ規制法が必要だ」 犯罪心理学者が「加害者」千人調査

2021年10月10日 10:01  弁護士ドットコム

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インターネットの普及が進んだ2000年前後から、悪質クレームが度々問題になってきた。近年では、顧客による嫌がらせということで、「カスタマーハラスメント(カスハラ)」という言葉も使われている。


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だが、悪質クレーム問題にくわしい東洋大学の桐生正幸教授(犯罪心理学)によると、日本では悪質クレームについて、心理学の観点から扱った研究はまだ少数だという。言い換えれば、日本のカスハラ対策はまだ始まったばかりということだ。



カスハラをする人たちは一体どんな人たちなのか、どういう対策を取り得るのか。桐生教授に聞いた。



●「客をクレーマー扱い」は避けたい企業

日本でカスハラ研究が進まなかった理由のひとつには、客のことを直接的には悪く言いたがらない企業風土があるのだという。



「企業側からは、客のことを『クレーマー』と呼ぶのは避けたいという話をよく聞きます。クレーマー扱いすると、客をよそにとられてしまう。だったら企業側に非がなくても謝ったほうが良いという判断になる。要するに他社の様子うかがいばかりして、対策が進んで来なかったんです」(桐生教授)



長引くデフレ不況の中、「おもてなし」は価格以外で差別化を図る要素でもあった。企業にとって悪質クレームは分析・対策するものではなく、やむなしと甘受するものだったのかもしれない。仮に現場の労働者が疲弊しても、募集すれば採用できる時代も長く続いた。



しかし、そうした企業の「甘やかし」が重なり、消費者の問題行動が社会問題化した。2000年前後から「悪質クレーム」や「モンスタークレーマー」といった表現はあったが、近年は「カスハラ」が良く使われている。「また●●ハラかよ」と感じる人も多いだろうが、トレンドの背景には微妙な人間心理も影響しているようだ。



「『クレーム』や『クレーマー』だと、客や不満内容そのものを指してしまう。そこには正当なものも含まれています。でも、『カスハラ』は客の問題行為に着目し、被害を受けているイメージも浮かぶ。この表現なら企業や労働者側も問題化しやすいという面があるのだと思います」



モンスタークレーマーなどはメディアなど社会の側から出てきた言葉だが、カスハラは企業や労働者など、実際に問題客と接する側から出てきた言葉という風に言い換えられるのかもしれない。



●悪質クレーム「やったことある」が半数近く?

桐生教授が専門とする犯罪心理学では、犯人像を割り出す「プロファイリング」のように、膨大なデータを統計的、心理的に分析する手法がよくとられる。



実際、桐生教授は2020年にカスハラをしてしまった人の調査を実施している。全国2060人の男女を対象にしたウェブ調査で、自身が過去にした最も印象に残っている悪質クレームについて答えてもらうというものだ。



「やる前は正直に答える人はいないんじゃないかと周りから言われたのですが、実際には全体の44.9%に相当する924人が、悪質なクレームをしたことがあると答えたんです」



クレームの形式としては「淡々と静かに話した」(629人)が最多だったが、「攻撃的な話し方や言葉があった」(71人)、「大声を上げるときがあった」(63人)、「お店や担当者に対し罵詈雑言があった」(11人)などもあった。ついやりすぎてしまったと、決まりが悪い思いをしているのかもしれない。



結果を多重的に分析したところ、悪質クレームの形式には性差があることなども見えてきたという。たとえば、大まかに次のような傾向があるという。



・【男性】45歳以上が店員のミスや手続き不備などを理由として、高圧的な態度をとり、上層部からの謝罪を受けるタイプが多い



・【女性】45歳未満が商品の欠陥を理由として、女性店員に対して淡々とクレームを述べ、商品や商品代を受けるタイプが多い



「今回の調査では年収1000万円以上の人たちにおいて悪質クレームの経験がない人よりもある人のほうが多いという結果も出ました。さらなる調査・分析が必要ですが、経済状態の悪い人がストレスのはけ口にしているというような見方は必ずしも正しくない可能性があります」



●被害者側アンケートでも、男性からのカスハラ目立つ

これらの結果は、カスハラ被害者側へのアンケート結果とも概ね一致するという。



たとえば、サービス業などの労働組合「UAゼンセン」が2020年に実施した組合員調査では、迷惑行為をした客の性別は男性が74.8%だった。推定年齢別では、50代以上が全体の約70%を占めており、「45歳以上の男性が威圧的態度を取るケースが多い」という加害者側アンケートの分析結果に似た結果だ。



性別による傾向は、受けた被害の内容にも一定程度あるという。桐生教授がUAゼンセンの同種調査(2017年実施)を分析したところ、男性労働者の方が暴力や土下座強要などの被害にあうケースが多く、女性労働者はセクハラ被害などにあうケースが多く見られたという。



●法規制は必要か?

では、カスハラにどう対処すべきなのか。桐生教授は法律が必要だと考えている。カスハラにより労働者は精神疾患になるほどのストレスを受けることもある。しかし、カスハラそのものを取り締まる法律はない。店員を殴れば暴行や傷害など、既存の法律で対処できることもあるがそうでないことの方が多い。



「カスハラ規制法のようなもので問題となる行為を明文化して罰するとともに、企業にも労働者のメンタルヘルスケアを義務付けさせるのが理想です。



すぐの立法が難しいのなら、ストーカー規制法を拡張することができないかと思っています。カスハラは繰り返す人が一定数いる。日本のストーカー規制法は欧米と違って恋愛関係に限定してつきまといを禁止している。この制限をなくせば、一発アウトは無理でも一定数のカスハラを減らせるのではないでしょうか」



実際にカスハラにはストーカーと類似する心理があるという。たとえば加害者になることが年配者だと、孤独感などから話し相手を欲する傾向が強く、カスハラを繰り返す要因になりうる。また、加齢により自分の間違いを認めづらく、感情のコントロールが難しい傾向があることも指摘されている。細かいことに粘着できるだけの時間やお金の余裕も必要だ。



ただ、カスハラ対策に何よりも大切なのは企業側の対応だという。



「とにかく企業文化を変えないといけないでしょうね。実際に企業の人たちと話すと法律がほしいと言われるんです。表立って言うとリスクがあるから黙っているだけで。抜け駆けする企業がなければ、カスハラ対策自体ではまとまれる。早く様子見のような同調行動を終わらせないといけません。問題行動のある人に対してまで『お客様第一』という姿勢はいずれなくなっていくでしょうね」