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連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2021年9月のベスト国内ミステリ小説

2021年10月10日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。


 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を1人1冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。


 毎年恒例の年末ベストテン戦線が実はもう始まっており、先月末が某有名ランキングの〆切になっていました。そんなわけで話題作も大量に刊行されましたが、2021年9月は果たしてどんな作品がお薦めだったのでしょうか。(杉江松恋)


酒井貞道の1冊:『カミサマはそういない』深緑野分(集英社)

 収録7篇には、どう見てもミステリな作品があるし、ミステリの手法を用いて驚きを供するものも複数入っているので、月次ベスト・ミステリに挙げます。人間の持つ闇を丁寧に描く作品が揃いますが、その描かれ方は心理的/幻想的/怪談的/マジックリアリスム的であり品がよく、胸に刺さる。わざとらしい醜い露悪が皆無なのは重要ポイント。パンドラの匣よろしく、希望が残る「新しい音楽、海賊ラジオ」が最後に配置されているのも洒落ています。一節一句に至るまで丁寧に紡がれた物語には、読者としても丁寧に接したい。そんな短篇集です。


カミサマはそういない (集英社文芸単行本)

1,540円

『カミサマはそういない』深緑野分(集英社)
野村ななみの1冊:『サーカスから来た執達吏』夕木春央(講談社)

 明治44年、ある名家の密室から高価な宝物が忽然と消失した。時が移り大正14年、2人の少女がそのお宝を探し始める。樺谷子爵家に借金取りとしてやって来たサーカス出身のユリ子と、借金の担保となった樺谷家三女の鞠子だ。立ちはだかるのは、宝を狙う二つの伯爵家。彼らの横やりをなんとか躱して、彼女たちは宝と過去の未解決事件の真相に迫る。生き方も性格も真逆な少女たちの摩訶不思議な関係性は、本書の大きな魅力だ。大正浪漫な雰囲気から、宝探しに必須の〈暗号読解〉に鞠子令嬢の成長と、読む楽しさが詰まった本格ミステリ。


『サーカスから来た執達吏』夕木春央(講談社)

1,826円

『サーカスから来た執達吏』夕木春央(講談社)
千街晶之の1冊:辻堂ゆめ『トリカゴ』(東京創元社)

 心優しい刑事・森垣里穂子がある事件の捜査の際に目の当たりにしたのは、自身の生年月日や出生地や本名などの情報を持たない無戸籍者たちが身を寄せ合って暮らす姿だった。果たして、彼らを傷つけることなく真相に辿りつくことは可能なのか。一般の人たちは無戸籍者たちの世界を想像すら出来ず、無戸籍者たちも本来ならアクセス可能な情報に到達できない。そんな社会の断絶を浮かび上がらせる、二重三重のどんでん返し。社会派と本格ミステリの融合という、挑戦者は多いがなかなか成功しない試みにおいて、ひとつの理想型が登場した。


トリカゴ

1,710円

辻堂ゆめ『トリカゴ』(東京創元社)
若林踏の1冊:『八月のくず 平山夢明短編集』平山夢明(光文社)

 洗剤CMのような爽やかな表紙とは裏腹に、不条理と暴力と黒い笑いに塗れた短編集だ。表題作はクズ男が語り手を務める乾いた犯罪小説なのか、と思って読んでいたら不意打ちを食らい思わず声を上げてしまった。おいおい、どうしてこうなる。収録作中でベストを挙げるならば「あるグレートマザーの告白」かな。これは底なしの地獄で生きる者たちを描いたバイオレンスな家族小説である。負のスパイラルをとことん突き詰めた果てに生まれる詩情は、平山作品ならではの読み心地だろう。まあ、本当に酷いことがいっぱい描かれるのだけれどね。


八月のくず 平山夢明短編集

1,760円

『八月のくず 平山夢明短編集』平山夢明(光文社)
藤田香織の1冊:『朝と夕の犯罪』降田天(KADOKAWA)

 “お父さん”と一緒に賽銭泥棒や万引きを繰り返し、家もなく学校にも行かず車中泊で放浪を続けてきたアサヒとユウヒ。そんな暮らしが突然終わり、離れ離れになって10年。東京の街中で再会した兄弟は、ある事情から狂言誘拐に手を染める。過去と現在と未来。信じていたものが、見ていたものが、次第に色を変えていくゾワッとした感触がたまらない。切なく脆く悲しい真相でありながらも、読者の頬を弛ませる場面も散見し、その緩急、読み心地の良さが深く印象に残る。シリーズものではあるけれど、前作未読でも無問題。いやこれ、めっちゃ好みです!


朝と夕の犯罪

1,870円

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杉江松恋の1冊:『死体の汁を啜れ』白井智之(実業之日本社)

 白井智之秋の死体祭り。頭を殴られたせいで失読症になった猟奇ミステリー作家と助手の銭ゲバ高校生、深夜ラジオ・マニアのヤクザ、郷土愛が過ぎるせいで犯罪隠蔽をしても屁と思わなくなった刑事とが異常な状態で死体が発見される事件ばかりの謎にぶつかるという連作短編集で、二つ折り、逆さ吊り、マトリョーシカ状態などの死体がばんばん出てきて理詰めでばんばん解かれる。だから、死体と聞いても「どんな形か」にしか関心がなくなるほど感覚が麻痺してくるのだ。もしかすると「屋上で溺れた死体」は某海外古典作品へのオマージュかも。


死体の汁を啜れ

1,870円

『死体の汁を啜れ』白井智之(実業之日本社)

 先月に続いてまたもや6人ばらばら。もしかするとこのまま一度も意見の一致を見ないことになるのでは、という予感がしなくもありません。だが、それもまたよし。来月もまた自分の嗅覚だけを頼りに読むべき作品を選んでいきます。


書評子(掲載順)
酒井貞道……書評家(@haikairojin
野村ななみ……「週刊読書人」編集(@dokushojin_NN
千街晶之……ミステリ評論家(@sengaiakiyuki
若林踏……ミステリ書評家(@sanaguti
藤田香織……書評家、エッセイスト(@daranekos
杉江松恋……ライター(@from41tohomania