2021年10月09日 09:21 弁護士ドットコム
「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」は、日本企業にとってすでになじみ深い考え方となっており、「取り組んでいない」と答える企業の方が少数派だろう。しかしその「取り組み」は多くの場合、女性の管理職比率や障害者雇用率の目標を達成する、という「数合わせ」に終わりがちだ。
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新著「全員戦力化 戦略人材不足と組織力開発」(日本経済新聞出版)を上梓した学習院大経済学部の守島基博教授は、D&Iを企業のメリットに転じるためには、単に人材を受け入れるだけでなく、戦力化する視点が必要だと指摘する。多様な人材を本当の意味で活用するため、企業は何をなすべきかを聞いた。(ライター・有馬知子)
――日本のD&I経営の現状を、どのように分析しますか。
経営層の多くは、女性や障害者、外国人などの数を増やすことを「ダイバーシティ経営」と考え、「インクルージョン」も単に「人材を受け入れる」ことだと解釈しがちです。また障害者雇用率や女性管理職比率など、投資家に示しやすい「表層のダイバーシティ」を高めることには熱心ですが、職場の価値観を多様化する「深層のダイバーシティ」にはあまり関心を示してきませんでした。
しかし、単に多様な人材を増やすだけでは、受け入れに必要な制度や設備を整えるコストがかかるだけです。彼ら彼女らを戦力化し、企業のメリットに変える視点が不可欠なのです。
日本企業にはすでに、社会貢献を重視するミレニアル世代、管理職にならず専門職でキャリアを積みたい社員など、異なる価値観・考え方を持つ人が混在しています。こうした「深層のダイバーシティ」を持つ人が活躍し、企業としても成長する組織へと、変わる必要があります。
――モノカルチャーの時代が長く、同質化の傾向が強い日本型の雇用システムに、D&Iを根付かせるのは難しいのでしょうか。
実は1980年代中ごろまでの日本企業には、多様な意見を受け入れ経営に生かすという意味での「インクルージョン」が、限定的ながら存在しました。異なる意見を持つ社員同士が、侃侃諤諤の議論を戦わせながら共通の目的に挑み、社会的に意義のある設備や製品、システムなどを生み出してきたのです。
昨今、企業に広まっている1on1(上司と部下の1対1の定期的なコミュニケーション)も、かつて飲み会など非公式な形で行われていた上司と部下のコミュニケーションを、公式化したものだと言えます。
ただ当時の職場は、長時間労働をいとわない男性社員が大半を占め、彼らが提示する「多様な意見」には、おのずと限界がありました。現代の企業は女性や外国人、高齢者ら、価値観もライフスタイルも異なる社員が存在する中で「真のD&I」を実現するという、かつての企業に比べてはるかに難しい取り組みが求められています。
――現代の企業が「真のD&I」を実現するためには、最も重要なことは何でしょう。
多様な社員が、自由な意見を表明しやすい職場づくりです。ときどき多様性の受容、つまりD&Iを、葛藤のない「仲良しクラブ」にすることだと誤解する人がいます。しかし「昭和」の日本企業には、左遷や辞任のリスクを背負ってでも、「会社のためにはこうすべきだ」と、上司に意見する社員がいました。
現代の企業も、大人しいだけで自律的な価値観を持たない社員の集団のままでは、新しいものは何も生まれません。社員に「職場で意見を言っても、受け入れてもらえる」という「心理的安全性」を提供し、活発に議論できる職場を作ることが大事です。
――日本企業の「強み」は、社員が力を合わせてミッションに取り組む組織力だと言われてきました。議論を戦わせるばかりでは、チームとしてのまとまりが失われてしまいませんか。
確かに、意見を言うばかりでは職場に対立を生みかねません。この時に必要なのが、「わが社は事業を通じて社会で何を実現したいのか」というビジョンと、「何のために事業に取り組むのか」というパーパスです。社員がビジョンとパーパスを共有することで、チームとしてまとまり、1つのミッションに取り組む可能性が高まります。
大企業に導入の動きが広がっている「ジョブ型雇用」(職務などの条件を明確にした上で、そのポストに人材を採用・配置する仕組み)も、社員が個々の専門性や強みに基づき自律的に仕事に取り組めるという意味で「深層のダイバーシティ」活用に適した人事システムと言えます。しかし一方で、社員が自己のミッションに向かうだけでは職場に遠心力が働き、チームがばらばらになりかねません。このため、明確なパーパスのもとに社員を束ねることが、これまで以上に重要になってきます。
――企業に求められる具体的な取り組みは、どのようなものでしょうか。
上司が部下の意思を尊重し、密にコミュニケーションを取ることがすべての基本です。1on1なども、上司ばかり発言するのではなく、部下に話の主導権を握らせてこそ機能します。このため企業は研修などを通じて、管理職に、部下の意見を傾聴し、経営に生かす力を身につけさせる必要があります。
また日本企業ではいまだに、時短勤務中の社員を高く評価すると「自分の方が頑張って残業しているのに」などと、不満を抱く社員が出てきます。D&Iを人事制度に反映する際は「時間ではなく、成果で人材を評価するのが最もフェアだ」という企業カルチャーを浸透させておくことも求められます。
――多様な人材を戦力化することに、どのようなメリットがありますか。
例えばGoogleは、パーパスに賛同する「尖った人材」同士がコラボレートすることで、創造的な仕事を生み、企業として成長してきました。企業にとっては、むしろ多様な人材を戦力化できない場合のリスクの方が大きいと言えます。組織の柔軟性が失われ、デジタルトランスフォーメーション(DX)やAIの進展といった時代の変化にも追いつけずに、先細りしてしまうでしょう。
多様な知識と情報を持つ人が集まり、アイデアを出し合うことは、イノベーションの創出にもつながります。ただこの場合の「イノベーション」は、非連続的なイノベーションだけではなく、従来のシステムを一歩先へと進化させる「持続的なイノベ―ション」も指しています。そして、システムを一変させるような、非連続的・破壊的なイノベーションも、おおもとは個のユニークな発想に基づくところが大きいでしょう。
――多様な人材が活躍できる職場づくりの、カギを握るのは職場のどの層でしょうか。
40~50代のミドル層です。彼らは管理職として、多様な部下を活用する立場にいますが、失敗すれば責任を問われもします。さらに背後は若手の追撃に、前方は早期退職などのリスクに脅かされ、強い不安を抱えています。このため非常に保守的で、リスクを取りたくない人が多いのです。
一方でミドルは、職場の長所も短所も熟知し、権限を与えられ現場にも近い。ミドルがリスクを取れるようになることが、企業が変化するために非常に重要です。
――ミドルを変えるためには、どうすればいいでしょうか。
企業内でキャリア転換を促すなど、挑戦せざるを得ない「崖っぷち」に立たせるのが有効です。サントリーホールディングスの新浪剛史社長が提言した「45歳定年制」は、「定年」という言葉が物議を醸してしまいましたが、40代で一度キャリアを見直すべきだ、という意味では同種のメッセージと言えるでしょう。
ただ、この年代には健康問題や家庭などの状況で、挑戦するのが難しい人もいます。こうした人にはそれなりの場面を用意するなど、個別にきめ細かく対応する必要もあります。
最もいけないのは、挑戦する能力もスキルも、問題意識もある人が「何もしない」こと。こうした人材のやる気を掻き立て、挑戦を促すだけで、企業のD&Iや変革は、かなり進むはずです。