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スニーカー文庫がラノベ・アニメに与えてきた影響とは? 『暗殺貴族』『真の仲間』アニメ化を機に考察

2021年10月08日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

スニーカー文庫がアニメに与えてきた影響

 谷川流の『涼宮ハルヒの憂鬱』を送り出し、今に続くライトノベル人気と深夜アニメブームを作った角川スニーカー文庫から、この秋も2作品がアニメ化される。月夜涙『世界最高の暗殺者、異世界貴族に転生する』(以下、『暗殺貴族』)と、ざっぽん『真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました』(以下、『真の仲間』)だ。ともに10月6日からアニメの放送がスタートした。累計2000万部の「ハルヒ」シリーズや、900万部の『この素晴らしい世界に祝福を!』のような潮流を作れるか?


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 大統領すら暗殺する凄腕の暗殺者が、口封じのために搭乗していたジェット旅客機ごと撃墜されて殺害される。これで終わりかと思いきや、女神によって異世界へと転生させられる。目的は魔王を倒した後で世界を滅ぼす勇者の暗殺。主人公は異世界で貴族の息子として生まれ、前世で得た知識や技術で勇者を倒せるだけの暗殺者になっていくーー。


 以上が『暗殺貴族』のおおまかな設定。2018年から「小説家になろう」で連載されていた作品を、スニーカー文庫が2019年から刊行してきた。6巻までで40万部を売るヒット作となっている。


 主人公のルーグは、元が世界最高の暗殺者だけあって、転生してからも体術や刃物を扱う腕に衰えは見られない。問題は異世界に存在しない銃だが、これすらも覚えた知識と転生時に得た魔法によってクリアしてしまう。どうやったかは物語を読むなり、アニメを見て理解しよう。この手を使えばいずれとてつもない武器だって作り出してしまいそうだ。


 武器に限らず体に良い料理や肌に良い化粧品など、前世の知識を使って作った品々で名を上げていく展開も読みどころ。こうした、前世の知識を役立てる展開は、同じように「小説家になろう」連載から書籍化され、アニメも2期まで作られた香月美夜『本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~』と重なり最近の定番だ。読むことによっていろいろな知識が得られる点が、人気の理由になっているのだろう。


 前世の知識は使わないが、代わりに前職の技術や知識を活かして新たな生活に挑む主人公が登場するのが、『真の仲間』だ。こちらも「小説家になろう」に連載されていたものが、スニーカー文庫で書籍化された。


 妹が勇者を務めていた冒険者のパーティーから訳あって追い出された主人公は、田舎で薬草を扱う店を開くことに。冒険者時代の知り合いだったリットという女性の勇者が転がり込んで来た店で、苦労やアクシデントを乗り越えながらのんびり凄そうとする主人公たちに、焦らず生きていく大切さを教えられる。


 両作とも、ラノベの老舗レーベルでシリーズ化され、アニメ化作品として選ばれただけに、背負っている期待も大きそう。それというのもスニーカー文庫のアニメ化作品は、ラノベの潮流とアニメのブームの両方に大きな影響を与えてきたからだ。


 ラノベと言われて誰もが思い浮かべる作品に『涼宮ハルヒの憂鬱』がある。2003年にスニーカー大賞を受賞して刊行され、シリーズ化される程の評判になった。2006年に京都アニメーションによってテレビアニメ化され、話数をシャッフルしての放送や、キャラクターがダンスをするエンディングが話題となって、2000年代後半にアニメブームをもたらした。2010年代に入ってからは、台頭してきた小説投稿サイトから人気の作品をピックアップする動きの中で、暁なつめ『この素晴らしい世界に祝福を』(以下、『このすば』)を出版してアニメ化も実現。2020年に完結するまでに2期のテレビシリーズと劇場版が作られた。


 『このすば』のヒットと前後して、「なろう」のようなネット発で「異世界転生」という要素を持った作品が続々と書籍化されるようになっていく。MF文庫Jの長月達平『Re:ゼロから始める異世界生活』、エンターブレインの丸山くがね『オーバーロード』、カルロ・ゼン『幼女戦記』の“異世界かるてっと”も生まれた。


 『暗殺貴族』や『真の仲間』の登場も、こうした流れを受けてのものと言えそうが、一方で4月から6月まで放送されたトネ・コーケン『スーパーカブ』や、しめさば『ひげを剃る。そして女子高生を拾う』(以下、『ひげひろ』)は、同じスニーカー文庫作品ながら、異世界とも転生とも無縁の内容だった。それでいて『スーパーカブ』は女子高生の日々を淡々と、そして丁寧に描写していく内容でファンを掴んだ。『ひげひろ』は背徳的な雰囲気の中に、若者の生きづらさを描いて評判を呼んだ。


 ラノベの傾向も、文庫ではラブコメが目立つようになって雰囲気が変わっている。一方で、MF文庫Jライトノベル新人賞から出てきた二語十『探偵はもう、死んでいる。』が、刊行から2年を待たずにアニメとなった。ファンタジア大賞から出た竹町『スパイ教室』も、『このライトノベルがすごい!2021』で文庫部門・新作部門でともに第2位にランクインする人気ぶり。ネットからのピックアップではなく、新人賞で発掘しても押し上げる大切さを、各レーベルとも思い出し始めている。


 スニーカー大賞からは、2014年の優秀賞となった久慈マサムネ『魔装学園H×H』以来、アニメ化作品が出ていない。KADOKAWAの他レーベルによる次を探る動きや、ラノベというジャンルの多様性を改めて見せてくれた『スーパーカブ』『ひげひろ』のヒットを受け、スニーカー大賞が変わり、ラノベの傾向やアニメ化の流れにも変化が生まれれるのか。『暗殺貴族』『真の仲間』の面白さが流れを引き戻すのか。気になるところだ。


(文=タニグチリウイチ)