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UDAが語る、初の著書『kesho:化粧』に込めた思い 「伝えたいのは、メイクの“How To”ではなく“考え方”」

2021年10月06日 14:11  リアルサウンド

リアルサウンド

UDA

 2021年4月29日、メイクアップアーティストのUDAが自身初となる書籍『kesho:化粧』(NORMAL)を発売した。本作は、2015年から2017年にかけて、美容専門誌『HAIR MODE』(女性モード社)の連載にて披露した“七十二候(「立春」や「夏至」などの二十四節季をさらに細分化した日本の季節の表し方)に基づいたメイク”をまとめた一冊。連載時にはなかった候も新たに追加し、七十二候分のメイクを見事に完成させている。


 今までのメイク本にはない新感覚のアプローチ。本作制作の裏側で、UDA氏は何を感じていたのか。368ページの重みに込められたメイクへの思いを聞いた。(とり)


関連:『kesho:化粧』に掲載された写真


■和菓子から着想した日本人にあったメイク


――本作で伝えられているメイクは、いわゆるトレンドに則った「How To」ではなく、もっと根本的なメイクへの「考え方」に触れるものだと思いました。どのような経緯で本作を制作するに至ったのか、キャリアの振り返りも含めて、あらためて聞かせてください。


UDA:まず、僕は2011年から約7年間、ファッション誌『GINZA』(マガジンハウス)で「ニッポン美人化計画」という連載をやっていました。この連載は、ファッション誌によくあるような“プロのモデルでトレンドメイク”を紹介するのではなく、一般の方を街でハントして、その人それぞれの“個性や特徴を活かしたメイク”の楽しみ方を伝えるのが目的で。当時、一般の方の魅力をひとりずつ引き出すような連載は他になかったから、「ニッポン美人化計画」が見たくて『GINZA』を購読している読者もいたくらいです。最終的には110人もの女性に出演していただきましたが、連載が終わる頃には、2000通ほど応募が来ていたそうです。


――UDAさんにメイクをしてもらいたかった女性が、少なくとも2000人はいたというわけですね。


UDA:例え連載が続いたとしても、2000人全員を連載の中でメイクするのは途方もないですよね!(笑)。じゃあ、どうすればみなさんの気持ちに応えられるのか。そう考えたとき、ふと「美容師さんだ」と思って。


――美容師さん、ですか?


UDA:髪を切ってもらう際、みなさん基本的には、信頼のある美容師さんにお願いするじゃないですか。そんな美容師さんが、ヘアセットと一緒にメイクを提案することができたら、2000人どころか、もっと多くの方が自分にあったメイクを見つけられるかもしれないと思ったんですよね。『HAIR MODE』で連載をはじめたのは、そのような狙いからです。


――そうだったんですね


UDA:その頃、たまたま他誌のビューティページで「桜ビューティー」をテーマにしたメイクの仕事があったんですよ。目頭や目尻に蛍光ピンクをちょんちょんとのせて、花を咲かせるような感じのメイクで。その仕上がりを見て、まるで和菓子のようで西洋的なメイクよりしっくりくるなと感じて、自分のなかで新しい表現に繋がった実感がありました。和菓子の表現を辿れば、より日本人の顔立ちにあったメイクができるのではないか?と。そこから、和菓子をはじめとする和の色使いがどのようなアプローチから生まれているのかについて、詳しく勉強するようになりました。


――本作の冒頭にて、本作が示す「kesho」の概念を説明するにあたって書かれているエピソードですね。和菓子の色使いが日本人にあうというのは、本作で紹介されているメイクを見て大変納得しました。


UDA:そもそもメイクの多くは、西洋人の“立体的な顔”に対するコンプレックスから影響を受けていると考えていて。東洋人である日本人が西洋人の顔立ちにあわせてメイクことだけでは限界があるというのは、前から薄々感じていたし、和菓子のようなかわいらしさは、若者にも、おばあちゃんにも、何なら七五三でメイクをする子どもにもしっくりくるはずだとも思っていて。


 その矢先、タイミングよく『HAIR MODE』で一冊丸ごと特集を組んでもらえることになったんですよ。そのため『HAIR MODE』での取材も兼ねて、和文化を学びに京都へ行きました。ちょうど別の仕事でお世話になっていた京都で460余年続く老舗の呉服屋・千總(ちそう)さんに伺って、着物や染めの職人さんに話を聞いたほか、和菓子の職人さんや芸妓さんの頭を結う専門の方など、さまざまなスペシャリストに取材をさせていただいて。そうしたら、みなさん口を揃えて「季節」の話をされていて。


――なるほど。確かに、俳句に季語があったり、季節ごとに旬の食材を味わったり、四季は日本の文化に深く関っていますもんね。


UDA:そうなんですよね。それで今度は、季節についても調べるようになって、本作のインスピレーション源ともなった和菓子の作品集『IKKOAN』(青幻舎)に出会いました。これは、東京にある和菓子屋「一幸庵」の店主・水上力さんが、和菓子で七十二候を表現し、それらを作品としてまとめた一冊で、僕自身、七十二候という季節の表し方もこの本ではじめて知りました。


 衝撃でしたよ。“メイクに和菓子の要素を取り入れる感覚”を表現するための拠り所はこれしかないって思いました。


――各メイクに記されている「東風解凍(はるかぜこおりをとく)」や「桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)」というタイトルは、七十二候で表されている季節の名称なんですよね。


UDA:そうです。当初は50パターンくらいのメイクを掲載する予定でしたが、季節感の表し方もまだ曖昧でした。それが、72パターンという具体的な数字と根拠が見つかったから、もう七十二候以外の選択肢はありませんでした。季節と一口に言っても、「夜は肌寒くなってきたよね」「気付いたら葉っぱの色が変わっているね」といった具合に、緩やかな移ろいがありますよね。この繊細なディテールから受ける感覚をメイクに取り入れる「考え方」を実感してもらう意味でも、七十二候の季節感は非常にピッタリでした。


■どうしても本にして伝えたかった「kesho」


――メイクと一緒に季節ごとの風景写真を載せているのが、また深みを与えていますよね。七十二候と言われてもあまり馴染みがないですけど、リアルな写真があることで、それぞれの季節感がよりリアルに伝わりました。UDAさんが七十二候をどう捉えて、どのようにメイクに落とし込んでいるのかも参考になりましたし。


UDA:風景写真を入れたのは、カメラマンの守本勝英さんのアイデアです。「それは良い!」と思いました。メイクだけじゃなく、風景写真も撮りに行かないといけなくなったので大変でしたけど(笑)。再び京都に行ったり、奈良に千本桜を撮りにいったり、朝2時出発で霧ヶ峰まで霜の写真を撮りにも行きました。


――制作には3年もの歳月がかかったそうですね。それも納得のボリュームとクオリティです。


UDA:そもそものメイクの数が多かったですしね。本作では、ひとつの候に対して2パターンのメイクを載せているのですが、それは『IKKOAN』で知った、和菓子における「見立て」と「写し」という考え方に基づいたもので。七十二候を2通りの手法で表現したために、最終的には144パターンものメイクを掲載することになりましたから。


――その「見立て」と「写し」の考え方についても、詳しく教えてください。


UDA:簡単に言うと、表現方法の違いです。京都の公家文化から発祥した「見立て」は、その名の通り、モチーフを何か別のものに見立てて表現する手法で。有名どころで言うと、石や砂で水の流れを表した枯山水なんかも「見立て」による作品ですね。対する「写し」は、江戸の武士文化から生まれた表現方法のことで、モチーフの形をそのままに、潔くデザインすることが求められます。


 本作を見ていただくと分かる通り、「見立て」は、季節ごとの風景を感覚的に捉えて、その色味やムードをシンプルに組み合わせているので、日常的にも取り入れやすいメイクとなっています。逆に「写し」は、顔に直接桜の花びらを貼り付けていたり、つばめのイラストを描いたりしているので、心の世界を直接表しています。そういったメイクは自分の遊びとして楽しめると思います。僕としては、この「見立て」と「写し」の両方を提示することに意味があると思っていまして。


 最初に言っていただいたように、本作で僕が伝えたいのは、メイクの「How To」ではなく「考え方」。トレンドを参考にすることも必要だけど、みなさんがそれぞれの感性を活かして、自分だけの世界観を見つけると、どんどんオリジナリティが生まれていくってことが言いたかった。この感覚を伝えるには「写し」でダイレクトに表現するのが分かりやすいんだろうけど、「写し」だけだとアーティスティックになりすぎていて「自分には関係ないや」って思ってしまう人もいるはずだから、「見立て」ることで、いくらでも普段のメイクに応用できるってこともあわせて提示することで同じものなんだって伝えたかったんです。


――まさしく「How To」では伝えられないメイクの感覚ですよね。目を大きく見せるとか、彫りを深く見せるとか、そういうことではなくて。


UDA:その通りです。技術的な話の前に、もっと自分のなかにある無垢な感覚を大事にしてほしいってことですね。それに、みなさんがそうやってメイクを捉えてくださったら、僕らもメイクアップアーティストとして、雑誌上で自由なメイクを披露しやすくなりますし。


 最近は、どの現場でも、フォーマットに沿ったメイクを依頼されることも増えています。その人にあったメイクを、表現したい世界観を汲んだメイクを提案するのが僕らの仕事なのに、それだと、結果的に誰がやっても同じ仕上がりになってしまうんですよね。僕は、そういった現場が増えることを密かに危惧しています。全体的にオリジナリティがなくなっていっている感じですね。


――個人的には、本作をちゃんと製本して出版できたことも素晴らしいと思うんです。ページをめくることで感じられる奥行きがあるというか。ページ数も多いですし、今どき「デジタルでの配信なら」という話もあり得るじゃないですか。


UDA:そうですね。実際に、着想から構想まではスムーズでしたけど、本にするまでが大変でした(笑)。出版社に営業に行っても、口頭だけではなかなか本の構成を理解してもらえなかったんですよ。それこそ、「メイク本だから『How To』は入れないと」といった声もたくさんいただきました。口頭で伝わらないのなら一度自分で形にしてみようと思い、
レイアウトを組んで、プリントして、本格的なサンプルを作りました。そうしたら、ま
すますしっかり製本された状態で見てみたい気持ちが強くなって。それをお見せしたら、
ようやく構成が伝わりましたが、どうしても妥協したくなかったので最終的には自費出版
にしました。


――熱意に驚かされます。


UDA:でも、形にすることができて本当に嬉しいです。ページをめくる行為が、七十二候の移ろいをリアルに感じさせてくれるんですよね。風景写真を撮りに行ったことも、デザインを細かくこだわったのも正解でした。あとは、読者の方が新しい表現を見つけるきっかけになってくれたら嬉しいです。この記事を読んでいただけて、本屋さんで見かけたらぜひ一度手にとってみてください(笑)。


――こう話を聞いていると、UDAさんが本作で挑戦した“「How To」よりも「考え方」を提示する”ことの重要性を改めて感じました。


UDA:本作の帯に「化粧は素顔よりもその人の『無垢』を表すことができる」と書いてあるんですけど、僕が読者の方に感じてもらいたい感覚は、ここに集約されていると言っていいかもしれません。例えば、はじめて赤い口紅を付けたとき、鏡に映る自分の姿を見て「あ、いいな」と思う感覚があるとするじゃないですか。これは一目惚れと同じで、本能から来ている反応なんですよ。これが「無垢さ」ですよね。


 今は、インターネットを通して簡単に「How To」に辿り着ける時代ですけど、それよりも、自分のなかにある感覚を表現するための方法を考えた方が、メイクのバリエーションも無限に広がるし、自信を持つことにも繋がると思います。それは、あらゆる表現に当てはまることじゃないでしょうか。大切なのは、自分のなかにある無垢な感性です。このインタビューを読んで、少しでも共感して頂ける部分があった方は、ぜひ本作にも目を通してみてください。そして、もっと自由に、純粋に、メイクを楽しんでみてください。


■書籍情報
UDA『kesho:化粧』
定価:7,700円
出版社:NORMAL