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森口将之のカーデザイン解体新書 第48回 スズキ「ワゴンRスマイル」の見た目が「ワゴンR」と違う理由

2021年10月05日 11:02  マイナビニュース

マイナビニュース

画像提供:マイナビニュース
スズキが9月10日に発売した新型軽乗用車「ワゴンRスマイル」は、デザインが既存の「ワゴンR」と大きく異なる。同じワゴンRなのに、どうしてここまで変えてきたのか。ディテールをチェックしながらデザイン激変の理由を考えた。


○「ワゴンR」は男性に支持された?



スズキが「ワゴンRスマイル」を出した理由としては、かつてと比べると「ワゴンR」の販売台数が伸び悩んでいることがあるだろう。



ワゴンRが登場したのは1993年のこと。それまでの軽乗用車は背の低いハッチバックが一般的で、背の高い車種はワンボックスの商用車しかなかったのだが、ワゴンRは乗用車系の前輪駆動プラットフォームを活用しながら、全高を1.6mと高めに取ることで、広くて多用途に使えるキャビンを実現した。


これが多くのユーザーに受けて、ワゴンRは軽自動車のベストセラーに。当時としては珍しく、登録車を含めた乗用車全体の販売台数首位の座に輝くことさえあった。当然ながら、ダイハツ工業「ムーヴ」などライバルが続々登場した結果、軽自動車には「ハイトワゴン」という新たなカテゴリーができあがった。



ワゴンRで珍しかったのは、軽自動車としては男性ユーザーの比率が高かったことだ。これはスズキの狙いでもあった。販売台数を伸ばすためには、それまであまり目を向けていなかったユーザー向けの車種が必要だと考えたのだ。



スズキは以前から、機能重視のシンプルでスマートなデザインを得意としていた。代表例としては、1979年発表の初代「アルト」、1988年発表の初代「エスクード」などがある。ワゴンRではこうした車種での経験をいかし、ツールボックスのような造形を施した。それが老若男女を問わず幅広く受け入れられた。


しかも、当時の日本はバブル崩壊直後で、庶民の懐事情は厳しかった。しかし男性ユーザーにとっては、可愛らしいデザインの軽自動車に乗り換えるのは抵抗があった。でも、ワゴンRであれば乗り換えても恥ずかしくない。そう考える男性が一定数はいた。皮肉ではあるが、不景気という時代もワゴンRの人気を後押ししたのだ。



その後はダイハツ「タント」やホンダ「N-BOX」など、さらに背の高い「スーパーハイトワゴン」が続々と登場。より広い車内を求めるユーザーから支持を集め、スズキも「スペーシア」の前身となる「パレット」を発売した。結果として、ワゴンRは脇役になっていく。



さらに追い打ちをかけたのが、2013年に身内から登場した「ハスラー」だ。


プラットフォームやパワートレインはワゴンRと共通で、シートアレンジも同じだったものの、デザインは「ジムニー」や「エスクード」での経験をいかしたSUVスタイルとなっており、丸目のヘッドランプ、高めの車高、2トーンカラーなどが特徴だった。



これが予想以上のヒットを獲得。しかも、軽乗用車としては男性比率が高いという結果も出た。ワゴンRとユーザーが重なることになるわけで、ワゴンRを求めるようなユーザーがハスラーに流れたのは確実だろう。

○「ムーヴキャンバス」の影響も?



ハスラーのヒットで教えられたのは、男性ユーザーの好みがワゴンRのようなシンプルなツール的造形から、アウトドアテイストを盛り込んだファッショナブルなものへと移り変わったことだった。



従来は可愛らしさの象徴として使われることが多かった丸型ヘッドランプは、ジムニーにも使われることにより、機能に徹した形、懐かしさを感じるアイテムと考えられるようになった。これも、新しい流れだ。



この間、ワゴンRはスーパーハイトワゴンの登場に対して、パーソナル性を高める方向にシフトする。2017年に発売となった現行モデル(6世代目)では、センターピラーの前と後ろでサイドウインドーを分け、初代で提案した2人乗り+パーソナルスペースというコンセプトを強調した。しかしながら、スーパーハイトワゴンの定着とハスラーの人気には、及ばないでいる。

全国軽自動車協会連合会が発表する「通称名別新車販売台数」で2021年1~8月の累計台数を見ると、トップ3は「N-BOX」「スペーシア」「タント」のスーパーハイトワゴン3台で、続く4位にムーヴが入っている。ワゴンRの台数はムーヴの半分ほどに過ぎず、ランキングも10位に甘んじている。



ワゴンRとムーヴを比較すると、最低価格はワゴンRのほうがやや安く、WLTCモード燃費はワゴンRが大きく上回っている。なのに、販売成績でムーヴが勝っているのはなぜか。おそらく、ワゴンRは標準車と「スティングレー」の2モデル構成であるのに対し、ムーヴは標準車とカスタムに加えて「キャンバス」もラインアップしているからだろう。


2016年に発表となった「ムーヴキャンバス」は、ムーヴ初のスライドドア、横長の長円形ヘッドランプ、角を丸めた優しい台形フォルム、パステルカラーを使った独創的な2トーンカラーなどにより、安定した人気を得ている。



スズキがハッチバックの「アルト」をベースに生み出した「ラパン」に近いテイストだが、背が高いうえにスライドドアを持つムーヴキャンバスのほうが、広さや使いやすさに優位性がある。個性的な姿だから目に付くのかもしれないが、路上でもよく見かける1台だ。

○「スマイル」の各所に女性を意識した仕立て



ワゴンRスマイルの発売を伝えるスズキのニュースリリースでは、「高いデザイン性とスライドドアの使い勝手を融合させた新しい軽ワゴン」をコンセプトに開発したとある。どちらも、ムーヴキャンバスが特徴とする要素だ。開発にあたり、意識したのではないだろうか。


デザインについては、「わたしらしく乗れるスライドドアワゴン『マイスタイル マイワゴン』」をテーマとしたそうだ。「わたしらしく」という言葉を使ったところからも、ジェンダーフリーな存在として育てていきたいという気持ちが伝わってくる。


しかしながら2台を見比べると、ワゴンRスマイルのボディは角型を強調しており、ヘッドランプは楕円であるものの、フロントグリルやランプまわりにはクロームメッキをおごることできらびやかな雰囲気を出している。ハスラーやラパンとはかなり違う方向性だ。


インテリアは楕円形状のインパネをアイボリーパールやネイビーパールで彩り、カッパーゴールドのフレームをアクセントとするなど、こちらもきらびやかな印象。パステルカラーで爽やかさを出したムーヴキャンバスとの違いは明確だ。


ボディサイズを見ると、全長、全幅、ホイールベースはワゴンRと同じだが、全高のみ40mmアップの1,695mmになっている。それに合わせて前席のシート高をワゴンRより上げ、見晴らしを良くし、室内を広くしている。スライドドアは、乗り降りのしやすさに定評があるスペーシアと同等の開口部を確保したという。


660cc3気筒のエンジンは自然吸気のみだが、マイルドハイブリッド車があるので燃費はムーヴキャンバスを上回り、スライドドアつき軽自動車としてはトップレベル。ワゴンRの逆襲に向け、スマイルが起爆剤になるか注目だ。



森口将之 1962年東京都出身。早稲田大学教育学部を卒業後、出版社編集部を経て、1993年にフリーランス・ジャーナリストとして独立。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。グッドデザイン賞審査委員を務める。著書に『これから始まる自動運転 社会はどうなる!?』『MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略』など。 この著者の記事一覧はこちら(森口将之)