「福山駅のトイレには紙がない」広島県の地元紙『中国新聞』が報じた、そんなニュースが注目を集めている。10月3日付けの記事によると、同駅を管理するJR西日本岡山支社では「過去に管内でトイレットペーパーに火を付けるぼやが発生したり盗難が起きたりしたため」と紙を置かない理由を説明している。
今どきトイレに入ったら紙がなかったというのは、たしかに「想定外の罠」だ。いや、でもトイレに紙が置かれるようになったのは、いつの頃からだっけ……(取材・文=昼間たかし)
かつてはトイレに駆け込む前に買っていた
だいたい40歳以上の人は「駅のトイレには紙がない時代があった」ということを、まだ記憶しているのではないだろうか。とりわけ思い出すのは営団(現・東京メトロ)の駅トイレにあった自動販売機である。
トイレットペーパーではなく「ちり紙」と表示されていた自動販売機。お金を入れるとポケットティッシュのような形状の、ちょっと香料の入った紙が出てくるものだった。どんなに緊急事態でも、駆け込む前にはこれが必須。ただ「困った時はお互い様」の精神性だったのだろうか。だいたい先客が余った紙を放置してくれていたから、なんとかなる場合も多かった。
それでも、どうにもならないのは清潔さである。今でこそ駅のトイレは綺麗になり頻繁に清掃されている。でも、かつての駅のトイレはどこも悲惨の極みだった。だいたい和式が多かったけれども靴の裏でもすべてを使って踏みたくなくて、つま先だけで歩きたくなるような汚れ放題が常識。そして、換気もまともにされておらず、せいぜいが窓を開けたままというものばかりだったのだ。おそらく1990年代以降に生まれた人には、信じられない世界だったろう。
駅にトイレットペーパーが設置されてようやく20年ちょっと
昔の新聞記事をさかのぼっていくと、駅のトイレは汚いという常識を改める気運が高まったのは、国鉄民営化後のことだ。読売新聞(1988年3月9日付朝刊)では、JR東日本が民営化後1987年6月からトイレの美化工事を始めたことを取り上げている。この記事では同社の「イメージダウンの原因の最たるものがトイレでした。お客さま第一の営業を最も評判の悪いトイレの美化から始めました」というコメントを取り上げている。
この1987年1月には東京駅のトイレに初めてオムツ交換用のベビーベットが取り付けられている。今では公衆トイレの必需品だが、それすらもなかったのだから、いかに酷かったが窺える。
この当時、駅のトイレは紙以外も酷い有様だった。旧国鉄では駅のトイレは1960年代の利用者データをもとに男女比を8:2で設置することになっており、女性の社会進出が進んだ1980年代には時代に即していないものになっていたのだ。
そこで、JR東日本では、実情に合わせる形でトイレの改良を実施、ようやく1999年に渋谷・新宿・池袋の各駅で男子トイレを削って女子トイレを拡張する工事が行われ、2000年には比率が6:4に改められた。
この間に、トイレットペーパーの設置も進んだ。JR東日本では2000年に山手線の全駅のトイレにトイレットペーパーの配置を完了。営団地下鉄と都営地下鉄は2004年2月~4月、工事中以外の全駅にトイレットペーパーを設置した。各私鉄もそれに対応する形でトイレットペーパーの設置も進むことになった。JR東日本はこのころ、トイレ改良工事に熱心に取り組み、赤ちゃん用設備は当然、冷暖房の設置やバリアフリー法(2000年施行)に基づいた改良も行っている。
ただ、この紙の設置は全国一律で進んだわけではなかった。JR大阪駅では2001年に1000万円をかけてトイレの改修を行ったが、トイレの紙は自動販売機で購入するシステムだった。
朝日新聞(2002年10月21日付大阪版夕刊)の記事では、阪急電鉄が梅田駅と十三駅だけ、南海電鉄は関西空港駅のみトイレットペーパーを設置、阪神電鉄はゼロと、惨憺たる状況だったことを報じている。
こんな時代から20年あまり。今では全国だいたい、どこの駅のトイレにもトイレットペーパーが設置されているようになった。そんな中、福山駅だけが例外であれば「罠」というよりほかない。なにしろ、福山駅は新幹線も停車する広島県第二の都市のターミナル駅。そんな駅に紙がないなんて、誰も想像しないだろう。
「京急電鉄では今年、初めてトイレ付きの車両を導入しましたが、そのために処理設備も新造したんです」
そんな蘊蓄を、鉄道ライターの小林拓矢さんは語る。
「旅行で新幹線や特急列車に乗る時は、不安感から降りる前にトイレを済ませておく習慣があるでしょう。普段の生活でも、この感覚は重要です。もしもの時に備えて自分が日常的に利用している路線や、出先の駅のトイレはどうなっているか知っておくことは現代人に欠かせないライフハックですよ」
電車旅行に慣れると、自然にそんな習慣が身につくようだ。しかし、駅トイレの様子を事前に調べておく人はまだ少数派だろう。これからはペーパーチェックも怠ることのできない、サバイバル時代?になっていくのだろうか。