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教員の時間外労働に残業代は認められるか 「今のあり方が許せない」埼玉教員訴訟、あす判決

2021年09月30日 10:51  弁護士ドットコム

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教員の時間外労働に残業代は認められるか——。教員の時間外労働に残業代が支払われていないのは違法だとして、埼玉県内の市立小学校の男性教員(62)が約242万円の未払い賃金の支払いを求めた訴訟の判決が10月1日、さいたま地裁で言い渡される。 


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教員の長時間労働が社会問題となる中、今の働き方が労働基準法に違法していると判断されれば、今後の教員の働き方改革への影響はまぬがれない。



原告の田中まさおさん(仮名)は「あっという間の3年だった。裁判で言いたいことを言えてよかった。どういう判決が出るか、楽しみでワクワクしています」と判決に期待している。



●「僕なりの正義を通す裁判」

かつては田中さんも労働時間のことなど考えず、無制限に働いていた教員の一人だ。自分が「労働者」であることも全く気にしていなかった。授業準備以外にも、窓ガラスの鍵が壊れれば修理し、教室のワックスがけもおこなってきた。



こうした働き方が「子どものために尽くしているんだ」という自負もあった。でも、ふと、周りを見たときに、こうした働き方は悪影響なのではないかと思った。そんな田中さんにとって、今回の裁判は「僕なりの正義を通す裁判」だという。



「昔は何も疑問も抱かずに、ただひたすら子ども達に対してやりたいことをまっすぐにやっていた。でも本当は決められた時間の中でやるべき。無限に無料で働いてはいけない。自分はそうしてきちゃったから、この裁判で自身にけじめをつけたかった」



ただ、裁判の判決は「勝っても負けても、どちらでもいい」と話す。いつかは必ず残業の違法性が認められて、勝てるはずだと信じているからだ。



「僕は今のあり方が許せないし、不当だと思っています。今の時代は残業だと認めないかもしれないけど、50~100年後は絶対に勝てると思っている。僕の裁判の資料を参考にして次の世代の人たちがまた裁判ができる。そして、必ず皆が分かって『昔はひどかったよな』と思う日が来る。それをできるだけ早くしたかった」



そのための裁判に私財を投じるのも惜しくなかった。「自分がやりたいことだからいくらお金かけても関係ないよ」と笑う。



「200万円までは趣味として使えるお金だから、その範囲内でやれるならやろうと。自分が使ったお金が、みんなの平和な世界、よりいい世界に繋がるならそれはいいこと。お金使ってももったいなくない。僕のお金ってもともと国からもらってるし、公のものだしね」



●次第に増えていった支援者

3年前に「今の教員の現状を知ってほしい」と一人で始めた裁判だったが、どんどん支援者が増えていった。当初、資金援助の申し出は全て断っていたが、意見書作成や今後裁判が長引くことも想定しクラウドファンディングによる資金援助を始めると、248人のサポーターから100万円を超える支援が集まった(9月30日現在)。





また、田中さんの裁判を傍聴するために大勢の人が法廷前に並ぶようになった。そこには、教育学部の大学生など若い世代の姿もあった。田中さんは「今の若い人たちはすごいね」と目を細める。



「教員が残業代出ていないなんておかしいなと思う人が出てきた。若いうちからこうした考え方をして、日本をどうにかしようと考えている。純粋な人が僕をサポートしてくれている。これは凄いことだよね」



定年を迎え、現在は再任用教員として小学校1年生の担任をしている田中さん。「教員になりたいんですという学生がきたら、どう答えますか」と尋ねると、すぐさま「なったほうがいいと思うよ」と返ってきた。



「僕は生まれ変わっても教員になろうと思っている。すごくいい職業ですよ。それは人が育っていく中に関わることができるから。ただ、労働が強化されている現状もある。それは話します。個人が現場で戦いながら教員やっていくしかないよって。そうしないと良くはなっていかないからね」



●裁判のポイントは?

今回の裁判のポイントは、教員が勤務時間外にも校内に残って長時間勤務していることが、「1日8時間・1週40時間を超えて労働させてはならない」と定める労働基準法32条違反と認められるかだ。



1972年に施行された「給特法」(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)により、公立学校の教員には時間外勤務手当と休日勤務手当が支払われないことになっている。その代わり、基本給の4%に当たる「教職調整額」が支給されている。



「原則として時間外勤務を命じない」ことになっているが、正規の時間を超えて勤務させることができるのは、(1)生徒の実習(2)学校行事(3)職員会議(4)災害など緊急事態からなる「超勤4項目」に限るとされている。



原告側は、学年会議や教室の掲示作成など「実際には教員が時間外に仕事としてやらなければいけない状態」の仕事を50項目以上リストアップした。





「超勤4項目」以外の通常業務の時間外労働は「労基法上の労働時間」にあたり、労働基準法37条の適用は除外されないため、「教職調整額」とは別に労基法37条に基づく割増賃金を支払う必要があると主張している。



被告側はこうした業務について、校長が命じている業務や教員としての業務が含まれていることは認めつつも、「業務を正規の勤務時間外に行うことを命じてはおらず、いつ業務を行うかについては教員に一定の裁量がある」と反論している。



●代理人弁護士「抜本的な対策を求めていく契機に」

代理人の若生直樹弁護士は「給特法の下でも労働基準法違反になり得ることを、司法の場で明らかにできれば、違法状態を是正する抜本的な対策を求めていく契機となる。現場の教員や管理職の労働時間に対する意識を根本的に変えるきっかけともなる」と語る。



原告側の証人として出廷した埼玉大学教育学部の高橋哲准教授は「違法という判断が出れば、全国に同じような違法状況が存在することになり、国レベルで財政措置のあり方について考えなければいけない」と指摘している。