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冷凍室に閉じ込める? 読者の度肝を抜いた『ガラスの仮面』月影千草の特訓3選

2021年09月27日 10:01  リアルサウンド

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 1976年に連載が始まり、今も未完の『ガラスの仮面』(美内すずえ)。天才的な演技の才能を持つ主人公・北島マヤは、舞台の上で演じる役の人生を生きることができる。とはいえ天才であっても技術がなければ才能が花開くことはない。スポ根漫画の演劇版とも言える本作は、マヤが実力を伸ばすための度肝を抜くような特訓シーンも見どころのひとつである。


 誰よりも早くマヤを見出したのが往年の大女優・月影千草だ。彼女は演劇史に名を残す名作『紅天女』主演を務めた唯一の人物である。マヤを後継者にするため厳しい特訓で鍛える。中でも選りすぐりの特訓内容を三つ紹介したい。


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■雪の中、納屋で役作り『たけくらべ』美登利(3巻)


 月影が主宰する劇団つきかげの命運をかけた演劇コンクールがあった。その上演作『たけくらべ』で、マヤはヒロインの美登利に抜擢される。


しかしマヤの宿命のライバルとなる姫川亜弓も、同じ演劇コンクールで『たけくらべ』の美登利役を演じる予定だった。幼少期から舞台に立ち、美貌だけではなく演技力もずば抜けている亜弓を見て、マヤは打ちひしがれる。


 月影千草はそんなマヤを稽古場から連れ出し、納屋の中に閉じ込めてシナリオを投げつけた。外は雪が降り積もっている。長い時間、納屋にいるうちにマヤの女優魂が蘇る。やがて納屋の外に月影が来て、マヤにいろいろな感情で美登利のセリフを読ませ指導をする。


 マヤが亜弓に勝つためには、完璧な美登利ではなく新しい美登利を努力してつくり出し、強烈な印象を観客に残すことだと月影は訴える。マヤはこの言葉に奮い立ち、何日もかけて二人で倒れるまで稽古をする。


 マヤの友人の劇団員はふたりを見て「怖いわ」と言うが、多くの読者も同じ気持ちだろう。


■人形はまばたきもできない『石の微笑』エリザベス(8巻)


 マヤが舞台に立てば、主役ではなくても人々は彼女に注目してしまう。マヤは自分を殺す演技を学ぶ必要があると考えた月影は、舞台『石の微笑』でマヤに人形のエリザベス役で割り振る。


 人ではなく人形は物体だ。反射的に体を動かすことはもちろんないし表情も変わらない。月影は竹竿をマヤの体につけ縄で縛り、体の動きを制限する。そしてまばたきすら許さなかった。


 マヤに自分を抑える演技を学んでほしいという願いからのキャスティングだが、人間がまばたきをしないなんて本来は不可能である。それを強いる月影も恐ろしいが、やり遂げるマヤも恐ろしい。


 ちなみに月影の体は病に犯されていて、『石の微笑』の頃は入院もした。にもかかわらず彼女はマヤの特訓に熱を入れている。終盤まで月影は命の危機にさらされているのだが、マヤを指導する月影はどこかいきいきとしていて、紅天女の後継者を生み出すための特訓は月影の生きがいなのだと実感させられるエピソードだ。


■冷凍室に閉じ込められる『ふたりの王女』アルディス(25巻)


 時は経ち、マヤは度重なる困難を乗り越えて、『ふたりの王女』という演目で姫川亜弓とダブル主演をすることになった。舞台は北欧で一年の半分は冬と言われる架空の国ラストニアだ。


 二人が演じる役は、ラストニア国王の父と王妃の母を持ちながら、無実の罪で母を処刑され監獄で育ったオリゲルドと、父と後妻の間に生まれ、たくさんの人から愛され幸せに育ったアルディスである。


 自分たちの生い立ちや個性から、マヤがオリゲルド、亜弓がアルディスを演じることになると、本人も周囲も信じて疑わなかった。そこで口を出したのが王女たちの祖母役で久しぶりに舞台に立つ月影である。


 月影は二人に不向きと思われる役を割り当てる。亜弓がオリゲルド、マヤがアルディスだ。二人の少女も困惑しながらも、互いの住む環境を入れ替えるなどして努力する。しかし月影は二人の演技には気温がないと言い、精肉工場の冷凍室に連れて行って閉じ込めた。実際にオリゲルドとアルディスが生まれ育ったラストニアの寒さがどのようなものか、体験させたのだ。


 冷気が胸の中に入り手足がしびれ出す。マヤと亜弓は苦しむ。下手すれば命に関わる寒さだと思うのだが、月影はそこで亜弓にオリゲルドの台詞を言わせ、その後、冷凍室の扉を開け外に出す。暖かさを感じているマヤに、アルディスの台詞を言わせる。これを機に二人は役を自分のものにしていくのだ。


■マヤの才能が花開くとき


 月影はマヤに憎まれても仕方がないという覚悟があるが、マヤ、そして亜弓も、月影の特訓によって女優として大きく成長し、そのことを心から感謝している。


 2012年に発売された42巻では、紅天女の試演が始まる。マヤと亜弓がそれぞれ紅天女を演じ、勝ったほうが新しい紅天女になるのだ。


 マヤは月影の手を離れ、自らの力で運命を切り開いていく女優になった。月影の特訓は過酷すぎるが、根本にマヤへの期待がある。もちろんこれはフィクションであり、現実にこのような特訓が行われれば問題視されるべき部分も大きいことには留意すべきだが、いずれにしても、『ガラスの仮面』は月影とマヤによる、狂気もはらんだ師弟愛の物語として読むこともできるのだ。