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盗撮犯は写真に関心ない? 撮ること自体のスリルに快感 「やめられない」悪循環

2021年09月26日 09:01  弁護士ドットコム

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痴漢と並んで我が国における二大性犯罪の一つと言われる盗撮。その検挙件数はこの10年で1741件から3953件へと倍増しています。しかもその検挙数もほんの「氷山の一角」に過ぎないといわれているほど暗数の多い犯罪です。


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その件数の多さは犯人一人あたりの犯行の多さによるもので、加害者一人につき千人を超えるの被害者がいるというデータもあります。一度手を染めるとそれだけやめられない性犯罪なのです。



『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)の著者であり、精神保健福祉士・社会福祉士として依存症治療に長年取り組む斉藤章佳氏に「盗撮」に溺れる男たちの実態を聞きました。(ライター・谷トモヒコ)



●スマホで盗撮が深刻化

「私が勤務している榎本クリニックでは窃視障害(盗撮、覗き)と診断された521名にヒアリング調査をしました。その結果分かった盗撮加害者の平均的な人物像は、痴漢よりも低年齢で20代後半が多く、初診時の年齢は10代~20代後半までが約半数を占めており、盗撮を始めた平均年齢も21.8歳と低い。そして四大卒で結婚して家族がいるサラリーマン、というものが典型的です。本当に一般の男性が簡単に陥ってしまう性犯罪だと言えます」(斉藤氏)



斉藤氏によればこの10年で盗撮のツールは大きく変わったといいます。小型カメラやビデオなどの特殊な機材からスマートフォンが普及し、盗撮という犯罪へのアクセスがより容易なものになったといいます。スマートフォンはSNSとの親和性も高く、画像が拡散されるリスクも格段に上がっています。



●写真自体には関心がない?

スマートフォンでできるという手軽さ、そして非接触型という特性から罪としての認識が薄く、手を染めることへのハードルが低いことから、「盗撮」は誰もが犯してしまい、ハマる可能性のある犯罪なのだと斉藤氏は言います。



「成功しやすいことも気軽にやってしまう要因です。無音アプリや動画ならシャッター音がしないので気づかれにくい。盗撮は加害者にとってローリスクハイリターンな性犯罪。きわめて小さいリスクで日常では味わえないスリルや達成感、優越感を味わえるなどの大きな報酬を得ることができるのです。



そこには性欲だけでなくいろいろな複合的な快楽が凝縮されています。例えば他人の日記を盗み見ている感覚とか、画像をコレクションすることによる所有欲とか、人の秘密を所有している特別感とかいろんな快楽がスマートフォンで一瞬にして手に入るのです。



例えば中高生の場合で多いのはクラスの可愛い女子の後ろ姿などを撮って、男子のグループというホモソーシャルな集団の中でLINEなどを介して共有され、称賛されることで男集団の中で承認欲求が満たされ初めて仲間として受け入れられた感覚を学習する。



撮った人は撮るときは獲物を狙う感覚だし、こういう小さな成功体験が耽溺するきっかけになるのです。そして次の段階では階段や教室内でスカートの中を撮ったり、通学時駅構内で行動化するなど学校の外でもやるようになったりと簡単に行為のエスカレーションが見られます」



盗撮の目的は必ずしも性欲を満足させることに限らず、撮るという行為そのものが目的化することもあると斉藤氏は言います。犯行後の「バレなくてよかった」という緊張状態の緩和により解放感や満足感を得られ、ストレスが一時的に消えたような内的体験をしているのだそうです。



「最初の段階では撮ったものでマスターベーションをするなど自己使用することも多い。しかし犯行を繰り返すほど、撮ったもの自体には関心を示さずに、盗撮という行為そのものに耽溺していくというパターンが非常に多いんです。先日ニュースになっていた100人ぐらいの女生徒を盗撮した山梨県の元高校教師は裁判で『性欲を満たすためでなくストレス解消のためにやった』と述べていました。常習化した人の典型的な例だと思います」





●「罪の意識の低さ」はどこから?

また、盗撮という犯罪に対する罪の意識の低さには、社会通念として幼いころから刷り込まれてきた価値観も関係しているのだと斉藤氏は指摘します。



「盗撮はスカートの中を撮ることが多いわけで、そこに相手の顔はありません。相手を対等な他者として見ているわけではなくてデータ化することで『モノ』として扱っているのです。それは日本社会の中で男尊女卑という価値観を認知のゆがみとして刷り込まれてきた結果なのではないかと思います。



彼らも生まれたときは盗撮加害者だったわけではない。社会の中で盗撮は重大な行為ではないんだ、ということを学習して、大したことではないから自分もやってみようかと思うようになった、つまり社会の中で学習してきた行動であり価値観なのです。ですから、確かに行動化する本人の認知は歪んでいますが、その根っこには社会の価値観の歪みが存在します」



また、罪の認識が低いことの背景には仮に盗撮で捕まったとしても、重い罰を受けることはないという取り締まりの実情もあるという。



「盗撮はだいたい4~5回ぐらい逮捕されて初めて裁判になります。それまでは示談や罰金(略式命令)で済んでしまうことが多い。被害者が長時間拘束されて調書をとられることを嫌って被害届を出さないケースや、逆に警察が被害者を説得して穏便に済ませる場合もあります。取り締まる側にも『たかだか盗撮、たかだか条例違反』という声にならない本音が見え隠れしているようにも思います。だから起訴されるまでも時間がかかります。



捕まったけど大事にはならなかった、という経験は成功体験として撮る側の記憶に刻まれ、今度は捕まらないようにさらに巧妙な手口で犯行を繰り返すという負の学習にしかならないのです」



このような取り締まり事情から盗撮犯はなかなか処罰を受けることありません。彼らは逮捕を繰り返しながら裁判で有罪になって初めてクリニックで治療につながるケースが多いのですが、榎本クリニックのデータでは盗撮を始めてから専門治療を受けるまでの期間が平均7.2年もかかってしまっているのです。このことが、より多数の被害者を出してしまっているであろうことは容易に想像できるのです。



●「盗撮罪」をつくる動きも?

また、盗撮を取り締まるうえでのもう一つの大きな問題は盗撮そのものを取り締まる法律がないということです。現状は各都道府県の迷惑防止条例で取り締まられることが多いのですが、いろいろと問題も多いようです。



「本書にも書きましたが、迷惑防止条例の適用はそもそも公共の場所を対象にしていたので私有地の場合には盗撮しても罪にならないケースがありました。また、都道府県により適用範囲や罰金が違う場合もあります。例えば客室乗務員が飛行機の機内で盗撮された場合、そのときにどこの都道府県の上空を飛んでいたかによって、取り締まれる場合とそうでない場合があり得るのです」



たとえば2012年9月、飛行中の機内で客室乗務員のスカートの中を盗撮したとして、30代の男性が摘発されました。男性は犯行を認めましたが、処分保留で釈放されました。盗撮があった時刻(=どの地域での犯行か)を裏付ける証拠が不十分だったからだといいます。



また迷惑防止条例の場合は盗撮の対象になるのは基本的に「服で隠れている部分」ということになります。従ってユニフォームや水着姿のアスリートを盗撮した場合は迷惑防止条例には当たりづらく、苦肉の策として名誉棄損罪などで摘発した例がありました。「盗撮されることで女子アスリートの社会的地位が低下した」ということらしいのですが、法律論としてはなかなか苦しいようです。



「やはり取り締まる法律がないというのが問題です。いまちょうど法制審で『盗撮罪』ではなく『撮影罪』という名称で立法していこうという動きがあるみたいですね。うまく行けば法律ができる可能性も出てきました」



水戸黄門のお銀の入浴シーンや、ドラえもんにおけるしずかちゃんの入浴シーンなどを「サービスカット」と言ってしまうように「覗き・盗撮」に対する私たちの社会的な認識は軽いものです。私たちの盗撮を軽視する姿勢そのものが、はからずも盗撮をはびこらせる要因の一つになっていることを忘れてはいけないのです。