2021年09月25日 09:41 弁護士ドットコム
新型コロナウイルスの影響で、企業の人員整理が話題になることが多いが、コロナ以前から、黒字にも関わらず中高年リストラを繰り返す企業の動きが注目されており、「雇用をどう終わらせるのか」という問題が様々な企業で起きている。
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しかし、日本の雇用システムでは、正社員が中核として据えられており、法的にも解雇には非常に高いハードルがある。
そこで、企業からのアプローチとしては、希望退職、退職勧奨などの手段がとられることが多いが、企業にとって、どんなリスクがあるのか。また、日本における「雇用の終わらせ方」は今後も変わらないのか。使用者側の人事・労務問題にくわしい岩出誠弁護士に聞いた。(新志有裕、齊藤理木)
――退職勧奨をすること自体は違法ではないとの裁判所の判断がありますが、それでもやり方によっては違法になる可能性もあります。企業どんな点に注意しているのでしょうか。
大手国内企業と外資系企業は退職勧奨のやり方に関するマニュアルを活用しています。具体的な人数、面談の回数、喋り方など、詳細に書かれています。
退職勧奨自体は違法ではないので、必要性と相当性が認められるやり方をしています。
長時間や多人数による面談、人格否定的な発言や脅しはしないよう、マニュアルに沿って退職勧奨しています。対応が難しそうなケースでは、人事部も面談に同席し、行き過ぎた退職勧奨がなされないよう監視することもあります。
退職勧奨のやり方が相当であると言われるために、退職金に上乗せすることもあります。相場は2年分の給料ですが、退職勧奨の理由が弱い場合には相場を上回る5年分やそれ以上の額を提示することもあります。
――よく労働者側は録音をすることがありますが、企業側も録音をしているのでしょうか。
そうですね。後から退職を強制されたと言われないよう、企業側も録音することが多いです。録音しても違法な証拠になることはありません。
もちろん、きちんと担当者が注意して、人格否定の発言など、余計な発言を抑制することが大事です。
――退職勧奨に応じない労働者がいる場合、企業はどう対応するのでしょうか。
労働者が絶対に退職しないという意思を明確にした場合、退職勧奨には必要性の要件もありますので、いったん会社は手を引くと思います。実際の裁判例を見ても5回程度の面談が限界です。
ただ、時期が来たら再度退職勧奨をやると思います。退職勧奨を重ねて、それでも応じなかったら最後は解雇を検討します。証拠が蓄積され、裁判で勝てると確証できれば、ハードルが高くても解雇に踏み込みます。
――必要性と相当性さえあれば、企業は安心して退職勧奨ができるということでしょうか。
企業が注意しなければならないのは、場合によっては退職同意が有効ではないと、裁判所によってひっくり返されるリスクがあるという点です。
過去にあった山梨県民信用組合事件では、真摯な同意があったかどうかについて、「客観的で合理的な理由」という基準が用いられました。この事件は、労働条件の不利益変更について、労働者の同意が有効かどうかを判断するものでしたが、最近では退職合意に関しても使わるようになっています。
この基準の方が、民法に規定されてある詐欺や錯誤といった意思表示の瑕疵の主張よりも労働者にとって使いやすいといえます。
つまり、単なる説得による退職だけでは、真摯な合意がなかったと裁判所が判断してしまい、労働者が守られる場合があります。退職勧奨する際は、企業も多少譲歩して退職金に上乗せをし、客観的に労働者も同意するだろうという状況を作る必要があります。
――企業が解雇に踏み込んだ場合の新たな制度として、解雇無効の場合の労働契約解消金制度が議論されています。これは、裁判で解雇が無効だと判断された場合、労働者に金銭を支払うことで労働契約を終了させることができる仕組みです。退職勧奨が、解雇の「前」の話だとすれば、解決金制度は解雇の「後」の話だともいえます。議論が停滞している印象もありますが、制度を導入すべきでしょうか。
現状の方向性について、私は消極的です。
現在検討されている制度は、解雇無効を前提に、労働者が労働契約解消金請求を申し立てる2段階の仕組みです。つまり、労働者が申し立てないと企業側から主張できない制度になっているのです。
企業側にとって使いづらいですし、どれだけの金額を支払わなければならなくなるのか不明確です。裁判所は、一定の基準をできていない制度には消極的と漏れ伝わっています。この態度に関する情報は、私が労政審議会労働条件分科会公益代表委員に居た当時、最初の労働契約法制定の際の審議でも伝わっていました。
外国ではこのような制度があります。しかし、日本では、企業に対して高額の支払いが命じられることもあるので、商工会議所出身の委員を中心に、中小企業が反対しているのも理解できます。
――企業側から申し立てられる解決金制度が望ましいということでしょうか。
作るのであれば、グレーゾーン解雇を解決すべく、あたかも借地借家法6条や28条における正当事由の財産上の給付による補強のような制度とその給付額の適切な金額の相場作りと、使用者側から申し立てられる制度作りが必要です。
そのような金銭解決制度が出来上がれば、和解が促進されると思いますし、紛争解決のためお互いに妥当な金額を探り合い、和解に至るケースが増えるのではないでしょうか。しかし、現在議論されている制度は、このような制度とは程遠く、使用者側の申立て権が認められるのはかなり先になるでしょうし、その使い勝手もかなり悪そうです。
――そうすると、結局、日本の「雇用の終わらせ方」は大きくは変わらないのでしょうか。
変わらないでしょうね。解雇規制が労働者保護のため引き続き厳しい要件を要求するので、高いハードルを回避するよう、希望退職と退職勧奨をセットに行う方法が今後も主流でしょう。労働契約解消金制度は先ほど説明したように、現状の方向性では問題が多い。
希望退職自体は任意性が前提であれば企業の自由ですし、退職勧奨も勧奨自体は適法であり、必要性と相当性を備えていれば問題ありません。
ただ、注目すべき新たな流れがあります。それは、ハラスメントです。退職勧奨とパワハラが交差するケースが出てきました。労働施策総合推進法でパワハラの規定がもうけられましたので、リスクは高まっています。
退職勧奨のマニュアルが普及していても、やはり不適切発言を口走ってしまう管理職の方がいます。パワハラ発言で精神的な損害を被ったとして、訴える労働者が増えている傾向にあります。
最近でも国際的巨大企業が行った退職勧奨のやり方がパワハラに近いもので、相当性を欠き違法であると判断された裁判例もありました。
仮に違法性が認められたとしても慰謝料自体は安いですが、企業のレピュテーションリスクは大きなものがあります。このようなリスクが、違法な退職勧奨を抑止するといった面はあるでしょう。
【取材協力弁護士】
岩出 誠(いわで・まこと)弁護士
厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会公益代表委員、青山学院大学客員教授、千葉大学客員教授を歴任、明治学院大学客員教授、東京都立大学法科大学院非常勤講師(現任)
事務所名:ロア・ユナイテッド法律事務所
事務所URL:http://www.loi.gr.jp/