しばしば「撮り鉄マナー」が注目される鉄道業界だが、ここ最近熱いのが「勝手踏切」の話題だ。
発端となったのは、共産党の山添拓参院議員が鉄道営業法違反などの疑いで9月に書類送検されたことだ。本人のTwitterなどによると、山添議員は昨年11月3日、埼玉県長瀞町で秩父鉄道の線路の「水路に渡し板がかけられていた箇所」を横断したという。
鉄道営業法37条では「停車場その他鉄道地内にみだりに立入り」したら、科料(1万円未満のペナルティ)というルールがある。山添議員はこれに違反した容疑で、書類送検されたもようだ。
しかし実際のところ、正式な踏切以外の場所を、地域住民が日常的に通行しているケースは少なくない。こういった通行場所を「勝手踏切」と呼ぶらしいのだが……。(取材・文=昼間たかし)
全国46都道府県に約1万7000カ所
「勝手踏切」という文字面からは、住民が勝手に線路を横切っているようなイメージがうかぶ。しかし話はそうシンプルではない。
日本全国の珍しい・面白い踏切を集めた『踏切天国』(秀和システム)などの著書がある、フリーランスライターの小川裕夫さんは語る。
「私が踏切の取材を始めた2005年くらいには『勝手踏切』という言葉はありませんでした。当時は、私設踏切、あるいは非正規の踏切という言い方がされていました。『勝手踏切』は2012年くらいに国土交通省が使い始めたものなのです」
この「勝手踏切」、実はそこら中にある。今年5月に国土交通省が発表したデータでは、全国に少なくとも1万7066カ所あることがわかっている。
小川さんは、「例えば、江ノ島電鉄には50カ所以上ありますよ」と話す。
江ノ電はかつて「路面電車」だった経緯もあり、家の玄関が線路に面していたり、そもそも線路を通らないと入れない建物があったりするそうだ。
他の地域・路線だと、線路の向こうに田畑や水路があるため、横断しなければ耕作・管理ができない場所なんかもあるという。
国土交通省や各鉄道事業者は、フェンスを張るなど「無許可横断」の対策も行っているというが、実際問題、それぞれの場所で歴史的経緯や事情があり、「いますぐ全廃」は難しいのが現実だろう。
地域住民が日常的に使っているのなら、正式になんらかの安全な横断手段をつくればいいのだが、全国に1万7千か所とあってはとうてい対応しきれる感じはしない。
「踏切なんて撮ってなにが面白いんですか」の世界
ここで気になるのは、多くの趣味人が集う鉄道界隈でこれまで「勝手踏切」が話題になってこなかったことだ。
最近は、マナーの悪い撮り鉄ばかりが悪目立ちしているが、鉄道マニアというのは法律や歴史に到るまで微に入り細に入り研究している人が星の数ほどいる世界である。ならば、時折事故もある「勝手踏切」についても歴史や背景を語っている人がいるはずなのだが、なかなか見つからない。
前出の小川さんは語る。
「実は、鉄道趣味の中で踏切マニアは本当に少ないのです。全国に5人くらいしかいないと思いますよ」
驚くほどの少なさである。『タモリ倶楽部』で「全国踏切マニア集合」回をやれば全員が出演できる規模だ。
「結局、踏切は目を引くジャンルではないのです。変化に乏しいですし、道路ですから、調査をしていると、どんどん鉄道から離れていくわけです」
あまりの数の少なさに、鉄道趣味の中でも奇妙な目で見られることも多いという。
「踏切の探訪にいくとたまに先客に出くわすんです。おお、踏切好きな人かと思うけど違います。その日通る珍しい列車を撮影しに来た人ばかりです。『踏切なんて撮ってなにが面白いんですか』と聞かれますけど、私にしてみれば列車を撮ってなにが面白いのかってことですよ」
単純には解決できない、アヤシサに満ちた「勝手踏切」。今回の騒動を契機として新たな趣味のジャンルとして盛り上がることはあるのだろうか。