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顔認識システムで不審者検知は「法的に許されない」 JR東の矛盾点、弁護士が指摘

2021年09月23日 07:51  弁護士ドットコム

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JR東日本は、駅構内などで、刑務所からの出所者などを「顔認識カメラ」によって検知するシステムを今年7月から実施しているという。読売新聞が9月21日に報じた。


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この報道を受けて、JR東は同日、出所者・仮出所者の検知について、「当面取りやめる」としている。



だが、今後は再度の運用が始まることも考えられる。監視カメラの問題にくわしい弁護士は公共空間に顔認識システムを導入するにあたり、「JR東に配慮が足りなかったのでは」と指摘する。



●検察から提供された出所情報にもとづき、個人情報を登録する

読売新聞によると、JR東が顔認識カメラによって検知する対象は次の3つ。



(1)過去にJR東の駅構内などで、JR東や乗客が被害者となるなどした重大犯罪(痴漢や窃盗などは対象外)を犯し、服役した人(出所者や仮出所者)
(2)指名手配中の容疑者
(3)うろつくなどの不審な行動をとった人



JR東は、「被害者等通知制度」にもとづき、検察庁から出所・仮出所の情報提供をうけているという。



(1)については、氏名や罪名、逮捕時に報道されるなどした顔写真をデータベースに登録し、出所者を自動的に検知するという。



対象者を検知した場合、目視で顔を確認のうえ、警察の通報や、手荷物検査をおこなうという。JR東は「乗客の安全を第一に考えた必要な措置」であると読売新聞の取材に答えていた。



なお、報道があったことで、検知対象のうち、(1)については、当面やらないとしている。



過去に罪を犯したとはいえ、すでに刑期を終えて、罪を償った者を監視するような仕組みは許されるのだろうか。



仕組みの運用における問題点や、今後のルール整備の道筋はどのように考えたらよいのか。防犯カメラとプライバシー権にくわしい小林正啓弁護士に聞いた。



●JR東の狙いは「全出所者の顔情報登録」?

——出所者や仮出所者を対象とした検知システムには、どのような問題が考えられますか?



報道からの情報をもとにお答えします。



JR東が出所者や仮出所者「全員」の顔情報を登録して検知するのであれば、罪を償った人や償おうとしている人への社会的な差別につながり、大問題です。



しかし、JR東は「乗客らが狙われたテロ事件」などの罪を犯した者を想定したとしています。



そのような人で、かつ、将来も同様の犯罪を繰り返す危険性が高い人物に限定した登録であれば、鉄道会社が乗客に対して負う安全配慮義務の一環ともいえますから、社会的な同意を得られた可能性や、法的に許容される余地もあったと考えます。



ところが、その出所者情報の提供は「被害者等通知制度」に基づくとしています。



——何か引っかかる点がありますか?



「乗客らが狙われたテロ事件」などの犯罪者を想定しているのであれば、「出所・仮出所」後に限定して顔情報を登録するのは矛盾しています。



その犯罪者が逮捕されずに逃亡したり、何らかの理由で収監されない場合もあり、服役してから脱獄する場合すらありますから。



安全配慮義務の一環というなら、「被害者等通知制度」に頼る理由も必要もないわけです。



そのため、この制度をわざわざ利用するのは、「(将来的には)出所者や仮出所者全員の登録を企図しているのではないか」という疑いを招きかねません。それが今回、社会の反発をもたらした可能性は否定できません。



●「うろつく」だけで顔情報を登録することは法的問題になりえる

——指名手配中の容疑者や、不審者の場合は?



まず、指名手配中の容疑者の場合は、違法ではないと考えます。



ただし、顔認識システムの技術的な信頼性は重要です。犯罪とは無関係な人が、「指名手配犯と似ている」とAIから判断され、駅に行くたびに職務質問を受ける事例が頻発すれば、社会的には受け入れられないでしょう。



続いて「不審者」の場合ですが、JR東は「うろつくなどの不審な行動をとった人」としているようです。これは少しあいまいですね。



武器を取り出すなどの犯罪準備行為や、荷物をわざと放置するなどの行為があったときに、警備員が対応することは当然です。しかし、それは顔認識システムとは関係なく、システム導入前から実施されていることです。



したがって、JR東が、検知対象に不審者を含む意図としては、不審者の顔情報の登録にあると思われます。



そうであるならば、「不審」の程度によっては、法的に問題となりうると考えます。



なぜなら、JR東のような鉄道企業体は国民の「移動の自由」を実現するために不可欠な手段であり、そのために、一定の独占経営が許されています。



多少「不審」というだけで、鉄道の利用を拒否することは許されません。少なくとも、「うろつく」だけで顔情報を登録することは、公的企業体としての警備の範囲を超えており、許されないと考えます。



●JR東は、説明を尽くすべきだ

——JR東はすでに、東京五輪にあたって「顔認証技術」を搭載したカメラ導入を公表しており、〈顔認証技術の導入に当たっては、個人情報保護委員会事務局にも相談の上、法令に則った措置を講じています〉(7月6日付リリース)とあります。ただ、今回の件については特に公表はありませんでした



今回のケースについては賛否の議論が錯綜していますが、私は、JR東自身の配慮のあり方に問題があったのではないかと想像しています。



駅と顔認識システムをめぐる「事件」としては、2013年、大阪駅ビルに80台のカメラを設置し、顔認識技術を使って利用者の人流を計測する実証実験が「炎上」したことがありました。



また、2017年にも、札幌駅前地下通路において、通行人の属性に応じたデジタル広告の実証実験が市民の非難を浴び、中止に追い込まれたことがあります。



駅などの公共空間に顔認識システムを導入する際には、石橋を叩いて渡る慎重さや、市民の誤解を避けるコミュニケーションが必要ですが、今回の事例は、JR東側の配慮不足による部分が大きいと考えます。




【取材協力弁護士】
小林 正啓(こばやし・まさひろ)弁護士
1992年弁護士登録。ヒューマノイドロボットの安全性の問題と、ネットワークロボットや防犯カメラ・監視カメラとプライバシー権との調整問題に取り組む。
事務所名:花水木法律事務所
事務所URL:http://www.hanamizukilaw.jp/