トムス 東條力エンジニア スーパーGTのGT500クラスを始め、国内の各カテゴリーを最前線で戦うトムス。そのチーフエンジニアである東條力氏より、スーパーGTのレース後にコラムを寄稿いただいています。
第6回となる今回はスーパーGT第5戦『SUGO GT 300km RACE』の分析と、前回のドライバー編に続く“レースエンジニアのコミュニケーション術”第2弾として、チーム内外の関係者との付き合い方、という2本立てでお届けします。
まずは、トヨタ勢にとっては厳しい展開となった第5戦SUGOの分析からお読みください。
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オートスポーツweb読者みなさん、こんにちは。トムスレーシングのチーフエンジニア・東條です。スーパーGT/スーパーフォーミュラともにシリーズは後半戦へ突入し、じわじわと熱が入ってきましたね。9月11~12日のS-GT Rd.5 SUGO大会では、観客の皆様の応援をいただいて、晴天の下熱いレースが行われました。
優勝は12号車カルソニック IMPUL GT-R。おめでとうございました。2位には1号車STANLEY NSX-GTが驚異的な追い上げでポイントを伸ばし、3位には17号車Astemo NSX-GTが入りNSXがシリーズワン・ツー体制を構築。
トムスは36号車au TOM’S GR Supraがミスなく4位入賞を果たし、シリーズ3位へ。37号車KeePer TOM’S GR Supraは終盤まで4位を死守していましたが、接触によりピットでレースを終えることになりました。
予選日は気温が低く曇りがち。決勝日には晴天となって路面温度は急上昇しました。前戦の鈴鹿大会と同じような天候と温度推移でしたので、タイヤとラップタイムの関係については、前回のコラムを参考にしてください。
ただし、鈴鹿で使用するコンパウンドとSUGOで使用するものとでは、温度レンジや剛性レベルが異なることが多いので、鈴鹿での出来事とはやや違うのかなとも感じています。
GRスープラはSUGOでの走行経験がありませんでした。このこと自体が敗因になることはないのですが、6台のGRスープラがセットアップやタイヤ選択をピンピンに合わせきれたのかというと、少しだけ自信がなかったのかもしれません。
現代のレースシーンでは、各種シミュレーション技術が発達し、とても身近なものになっています。あてずっぽうで物事を適当に決めることは無く、それなりの精度でレースに臨むことができるのですが、シミュレーションとリアルでの違いはあります。理屈によらず、些細なことも見逃さず……そのあたりの微妙なさじ加減が少々足りなかったのではないでしょうか。
予選ではNSX-GTの8号車ARTA NSX-GTがトップ、16号車Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GTと続き、3番手に12号車GT-Rが入りました。ここまではサクセスウエイトが軽量ということもあり、驚くことではありません。
しかし、4番手にシリーズ上位を争う17号車NSX-GTが入ったことには、驚きを禁じ得ません。予選の速さは鈴鹿でも同様でした。NSX-GTの中でもとりわけ予選向けのポテンシャルが高いです。その後は軽量車が続き、シリーズ上位では37号車が9番手、10番手に1号車、14号車GRスープラと続き、36号車は14番手。厳しい予選となりました。
■GRスープラ、大丈夫ですか……
決勝では序盤から8号車が大きなギャップを築き、独走状態へと持ち込みました。スティント終盤でややスピードは落ちたものの、10秒程のマージンをもって後半スティントへ向かいました。
9月半ばのSUGO、晴れていても涼しく感じてくる時間帯。気温はさほど変わらずとも、路面温度が徐々に低下してくると、12号車のスピードが次第に上がってきました。この状況から、NSX-GTやGRスープラと比べ、グリップ的にソフト方向へ振れていたのではないかと考えられます。それはタイヤのコンパウンドなのか、ダウンフォースやセットアップ特性なのかは分かりませんが、温度とラップタイム推移を見る限りそうなのだろうと確信します。
3号車CRAFTSPORTS MOTUL GT-Rがストップし、8号車にピット作業違反のペナルティが発せられたあたりから、レースは荒れた展開へ。19号車WedsSport ADVAN GR Supraがエンジン付近から発生した火災により、最終コーナーのファイヤーステーション前でストップし、セーフティカー介入へ。リトモ(宮田莉朋)の好判断の車両停止により、二次的なアクシデントを回避することができました。
38号車ZENT CERUMO GR Supraは57周で再びピットへ戻り、14号車はストレートエンドで力尽きました。さらに、37号車はリヤグリップが落ちてきたところを、39号車DENSO KOBELCO SARD GR SupraGRにイン側から刺され接触、右フロントのダメージが大きくピットへ戻りました。GRスープラ、大丈夫ですか……。
シリーズ争いに目を向けると、第1スティント終盤に36号車の後方にいた1号車NSX-GTは、規定周回最小でピットイン。素早くコースへ戻ると、山本(尚貴)選手の猛ダッシュ。翌周、17号車も作業を終え、NSX-GT勢はFCY/SCリスク回避の王道作戦を採りました。
我ら36号車・37号車は燃料タンクの空き容量が足らず、同時期にピットへ入ることができません。当初の予定周回までプッシュすることを選択したのですが、結果的にはあまり良い選択ではなかったようでした。36号車、37号車ともにピット作業では1号車に対して1秒以内の僅差であったものの、アウトラップで大差をつけられた他、ベースラップタイムの差で逆転を許し、順位を守ることができませんでした。
■“ど真ん中”にいる者としてのコミュニケーション作法
さて、レースのトピックスはこのあたりにして、前回コラムの続き、エンジニアのコミュニケーションについて、お話ししましょう。
GT500のエンジニアともなると、自チームだけに留まらず、関連企業の皆様と会話する機会が多くあります。また、スポンサー営業的な場面や、メディアの皆様からインタビューを受けることも多々あるはずです。
それらは立ち話で済むこともあれば、電話やリモート形式のほか、面直での会議もあります。また、それぞれの場面に応じて、内容が機密事項にあたらないのか、分かりやすく話せているのか、レース直後は感情的にならないように、などなど注意すべき点が数多くあり、結構難しいもので一向に上手くなりません。
企業規模が大きくなると、人事異動が多くあります。数年で担当が変わることが珍しくはなく、多くのケースで若年者へ引継がれます。
一方でこちらは担当を外れることなく年月を重ねるのですから、年齢差は次第に大きくなるばかり。これが3回も繰り返せば10年です。世代間のギャップは、ときにズレを生み出します。それを埋めるような接し方や話し方も必要かと思います。彼(彼女)らは優秀です。いまできることや知識を積み重ね、レースに必要な技術をいち早く持っていただけるよう接しているつもりなのですが、通じているのかは謎です。
古い話になってしまって恐縮なのですが、かつてはレースのイメージは決して良くなく、世間の風当たりは強めでした。
誰もが手探りでレースをやっていて、負けたくない一心からの秘密主義。それなのに同年代が多かったこともあり、仲間意識だけは異様に強く、レースが終われば大騒ぎしていたのですから、イメージが良くなるはずがありません。現在の社会常識では通用しないことも多くありました。時を経て、それぞれが責任ある立場へと変わるのです。気ままな仲間意識だった関係が、時を経て利害関係へとつながることもありますので、若い頃のお付き合いは節度を持って行いましょう。
チーム内に目を向けると、レースパフォーマンスを上げるためには、ドライバーとエンジニアと車両担当メカニック、3者間のバランスがとても大切です。互いに尊重できなければ、決して良い成績を収めることはできません。
前回のコラムでは、ドライバーとエンジニアの意思疎通には1年かかると言いました。メカニックとエンジニアの間も、それくらいの期間が必要に思います。ドライバーよりも過ごす時間は長くなりますし、仕事に対する向き合い方も見えてきます。意図が伝わるように話すことが大切に思います。
マネージャーと呼ばれる職種があります。日本のレースチームでは、女性がそのポジションにあることが多いです。彼女達はスケジュールや健康管理、装備品やドリンクの準備、各種申請、移動やホテルの手配等、想像を絶する仕事量を抱えています。サーキットでは相当な距離を歩くことになり、その“疲労・体力レシオ”はメカニックを上回ります。彼女たちには、ありがとうの言葉と甘い物。これを忘れてはいけません。
SFやGT500を優位に戦い抜くのは、そう簡単なことではありません。ドライバー、監督、チームスタッフ、サポート企業の皆様との連携が大切で、エンジニアはそのど真ん中。レースを重ねるごとに多くのことを学び、懐を深くしてゆくのです。
失敗を恐れず、強引になりすぎず、遠慮しても駄目、山勘を避け、即断即決できること。だからB型が向いていると思っていたのですが、周りを見渡すとそうでもない雰囲気です……。